小夜嵐

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鰐と乾物屋 10 

 おせっかいの罰が当たったのだろうか、木野崎さんに食事へと連行されてしまった。
 木野崎さんは人当たりが良いのだが、奢りたがる、という悪癖がある。同僚の女の子達からは「便利」「お手軽」「給料日前」などと評されている。なかなか手厳しい。
 わたしは奢られるのが苦手、という良い性質、場合によっては融通の利かない性格であるので、木野崎さんに集ったことは一度もない。そこが気を惹いたらしく、ここのところピンポイントでわたしにお誘いがかかるようになってきた。
 同僚からは妙な目で見られるし、意味のない電話はかかってくるし、大変に面倒くさい。
 そんなこともあり、極力断ってきたのだが、最近さすがに断りのネタが尽きてきた。「今日はちょっと」とあと何回言えばこのお誘い地獄から開放されるのだろう、と遠い目にもなる。
 木野崎さんも奢られないわたしにイライラしてきたようで、冷たく絡むことが多くなってきた。冷たくされるだけなら、いい。冷たく絡まれる。これほど鬱陶しいことがあるだろうか。「いや、ない」という境地にわたしは居る。
「今日もだめなのー? じゃあ、一体いつになったらごはん食べに行くの? せっかく奢る、て言ってるのにぃ」
 一生行きたくありません、と堂々と云える度胸が欲しい。切に願うが、四半世紀かけて培ってきたこの性格は簡単には変わらない。
 仕方がないので、愛想笑いで「外食苦手なんです」と風に吹き流される柳の枝を目指す。柔らかく、決して折れず、いつも何かをやりすごしている、そういうものにわたしは成りたい。
「大丈夫だって。外食苦手な人でも楽しめる店知ってるから!」
 いっそあなたとは行きたくありません、と言うべきだろうか。外食も、ちょっと綺麗なお洋服も、ちょっと小洒落たことを喋りながら食べる料理も、あなたが期待していることは、ぜんぶぜんぶ面倒くさいんです。面倒くさいんです。面倒くさいんです。
 奢られるのも嫌ですが、木野崎さんとの親密度が増すのはもっと嫌です。
「木野崎さんは、誘う相手を間違えてるような気がします」
「そんなことない」
「いえ、なんか、そういうんじゃなくて」
「いいじゃない、ごはんくらい。別につきあってくれって言ってるわけじゃないしー、面倒くさいなあ、もう」
 面倒くさがられてしまった。
 何故わたしがこんなことを言われるはめに。
 これが泣きっ面に蜂、というものか。ことわざを体験するときは、大抵その状況は良いものではない。
「佐藤さんてさあ、ちょっと自意識過剰だよね」
 わたしの胸に見えない矢が突き立った。
「自分のこと可愛いとか思ってんじゃないの?」
 続投もあった。
「ちょっと誘われたからって調子に乗ってさあ」
「いえ、そんなつもりは」
「もういいよ、他の子誘うから」
 そう言い捨てると、木野崎さんは部署へと戻っていった。仕事中だったのである。
 終わった……。わたしはこの上ない疲労感と共にコピー機に突っ伏した。吐き出されるコピー用紙がわたしを労うようにいつまでも舞い落ち続けた。


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