小夜嵐

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鰐と乾物屋 08 

 それからしばらくして、わたしはハンバーグの詰まったタッパーを持参して乾物屋へと向かった。ハンバーグだけではちょっと彩りにかけると思い、サラダと野菜たっぷりのスープも作ってみた。村山さんには、きっと野菜が足りてないに違いない。
 そこまで思考を巡らせて、ふとある考えに思い至った。
 ワニはお肉しか食べないんじゃないだろうか。
 しまった盲点だった。もしも村山さんがワニとしての特質もそなえているのだったら、ビタミン摂取の心配は全く余計なお世話ということになってしまう。困ったなあ。
 と思いつつ、そもそも村山さんはワニなのかヒトなのか、ということは考えないことにした。プライバシーを詮索するのは、やっぱりよくない。村山さんはいいワニ、もとい、いい人だし、それでいいじゃないか。現実逃避的な考え方ではあるような気がしたが、世の中好奇心が徒となることは多い。わたしは控えめに生きていくことを改めて決意した。
 村山さんのワニ的な部分が、被り物であるという可能性はごく自然に却下されていることに、わたしは気づいてなかった。気づいていて、無視したのかもしれない。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませー」
「あれ?」
 出迎えてくれたのは、ワニではなく、ウサギだった。それも兎そのものではない。ウサギの耳をつけた、可愛い女の子だったのだ。頭の上から、白いふわふわしたものが二本、ピンと伸びている。
 こういった動物キャラを店員に科するのがこの店のやり方なのだろうか。「三人目を受け流すのは、辛いものがあるんだなあ」という新境地と共に、頭のどこかで「納得することに成功したい」と願った。
「あのー」
 訝しげな発音に、ちょっと遠くに行ってしまった意識が戻ってくる。
「すみません、ええと、……店員さんですか?」
「はい、そうですが。何をお求めですかー?」
 女の子といっても、少女ではない。大人に成りかけた、といっても高校生ではない。女子大生といったところが適切だろうか。まだ無邪気といってもいいポジティブなパワーが彼女を彩っている。わたしなどは、もうとうに失った……というか、元々持ってなかった可能性もあるオーラだ。
 まぶしい。
 思わずほんわか空間に移行しそうになった自分を今立っている場所に繋ぎとめる努力をしながら、わたしは彼女に来店の意図を告げた。
「あの、今日は村山さんに……」
 お届け物をしに来たのですが、と最後まで言えなかった。
 彼女の顔が鬼神の如く急速に変貌したのである。それは見事なまでの隠し芸……ではない、変わり様で、つい先ほどまでフェアリィのようだったあどけない顔が、憤怒を持って衆生を導く明王の形相に。
「あんた誰?」
 ドスの効いた声は今からでも極道にスカウトされそうだ。さっきまでの軟らかい接客用イントネーションが恋しい。
「あ、の、佐藤と申します」
「ふーん」
 つん、と形のいい顎を上げる。これは旧世紀の不良といわれる輩の間で伝えられたという「顔カシナ」のサインだろうか。
 案の定、彼女は店の奥へと下がっていった。サインを読み取ったわたしは、従順に後について歩く。しばらく歩を進めたところで、いきなり彼女が振りかえった。
「なんでついてくんのっ」
 どうやら「顔カシナ」ではなかったようだ。とてもイライラしている。
 わたしはふと壜に詰まった煮干を見つめた。カルシウム。
「ちょっとっ!」
 それどころではなかった。
 カルシウムはともかく、彼女がわたしになんらかの敵意を抱いているのは間違いなさそうだ。村山さんの名前を出したとたんに豹変したところをみると、おそらく。
「あの~、村山さんの彼女さん、ですか?」
 質問をしたとたん、彼女の顔が真っ赤に染まっていく。青春は純情だ。わたしは先ほどよりも輪をかけてほのぼのした気分になって、彼女にもうひとつ質問をした。
「店長さんは、今日はどちらへいらっしゃるんですか?」
「店長は……仕入れだけど」
「村山さんも?」
「……だからなに」
 二人の近況についておしゃべりできる関係にはなれなさそうだ。
「あの、お二人に差し入れを持ってきたんですよ。いつもお世話になってますので」
 これを渡しておいてくださいますか、とタッパーの詰まったトートバックを彼女に差し出す。彼女は、少し逡巡した後、しぶしぶといった風情でそれを受け取ってくれた。
「すみません。よろしかったら、御一緒に召し上がってくださいね」
 彼女の疑心暗鬼にかられたような様子を心でしょんぼりと受け止めつつ、その日は煮干を買い求めて帰途についたのであった。


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