小夜嵐

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鰐と乾物屋 06 

 わたしはのんびりとリュックを背負い、遠足気分で路地裏に向かった。
 リュックの中身はお手製のクッキーである。和菓子もいいが、洋菓子もまたよい。シンプルに形抜きしただけのプレーンなものだが、表面にザラメをふるまってオツな味わいになっている。
 要するに、差し入れである。
 てくてく歩いていくと、いつの間にか乾物屋さんの前に来ていた。
「こんにちはあ」
 呑気に声をかけると、呑気な顔をしたワニが「はあい」と返事をしてくれた。
「ああ良かったー。やっと辿り着けました」
「あれ。もしかして迷ったんですか?」
「そうなんですよー。先日、ちょっと」
 迷うような道じゃないのになあ。そうもらすと、村山さんがほろ苦く笑ったような気がした。ワニの顔はこんなにも表情が読めないのに、どうして私はなんとなく判ってしまうんだろう。爬虫類学者が観察対象と長時間過ごしている間に、あののっぺりとした顔や形から喜怒哀楽を掴めるようになってしまうのと同じ現象だろうか。
 そんなことを考えている間にも、村山さんはわたしのために椅子を運んできてくれた。
「あ、どもです」
「いえいえ。お茶でも淹れましょうか」
「わあい。今日はいいものを持ってきたんですよ」
 小首を傾げる村山さんを前に、リュックからクッキーの詰まった紙袋を取り出す。
「お好きならいいのですが」
「わ、クッキーだ! いい匂いですねえ」
 バニラエッセンスを奮発した甲斐があった。
「あの、これ、もしかして……」
「手作りです。あ、村山さん手作りとか嫌いですか?」
 手作りがあたたかみのあるアイテムとしてもてはやされる一方、嫌いな人も結構いるのだ。幸運なことに、村山さんは嫌いではなかったらしい。ぶんぶんと顎を振ると、
「いえ、大好きです! おいしそうです!」
 太鼓判をくれた。良かったことだ。
「急いでお茶淹れてくるんで、のんびりしててください」
 いそいそと奥へ消える村山さんを見送って……気づく。店長がいない。この前座っていた場所には、赤い座布団がしんとあるのみだ。
 やがてお茶を運んできた村山さんにそのことを訊いてみる。
「あ、店長ですか? ちょっと今日は、寄り合いの方へ顔出してるんですよ」
「寄り合いですかあ」
 お盆の上には、湯のみがふたつ。
「寄り合いというと、乾物屋協会とかの……」
「いえ、そんなもんありません。普通に町内会の寄り合いですよ」
「そうですか」
 どちらの寄り合いにしても、若いわたしにはピンとこない話だ。
「それでは、いただきましょうか」
 わたしは用意の皿にクッキーをカラカラと空けた。皿からひとつつまんで、村山さんがクッキーを食べる。丁寧に食べてくれるのでつい見てしまう。
 口の大きさからして、二、三枚ばくばくっといってしまいそうだが、意外といえば意外。らしいといえば村山さんらしい。
「村山さんは牛とか好きですか」
 質問が飛んだ。
 別に、自然番組でワニがヌーの群れを捕食しようとするところを見たのを思い出したからではない。ないのだ。ちなみにそのワニは食事に失敗していた。
 しかしながらというか、やっぱりというか、村山さんはきょとんとしてこちらを見た。質問の意図がつかめないのであろう。わたしだってそうだ。
「ええとですね。その、今度スキヤキとかしたら食べに来たりとか」
 しないかなあ、なんて。とお茶を濁す語尾を濁す。
 濁しながら、村山さんの顔色を窺ってみるのだが、ぴくりとも動かなくなってしまった。心なしか首元が色づいているような気がする。やはり、独身女性が独身男性を家に誘うのははしたなかっただろうか。
「あー、ごめんなさい。引いちゃいましたか?」
 茶目っ気を演出してみる。気まずさを噛み締めながら、思いつきでの発言はするものではないと心身に刻んだ。
「いえっ、そんなことは、ないですよ。ちょっとびっくりして」
「ですよねー」
「いえ、そんなことは」
 どっちなんだ。わたしは村山さんがいつもするように、小首を傾げてみた。慌てたように村山さんが言い訳する。
「ええとですね、お邪魔したいのは山々なのですが、その、僕はここから出られないもので……」
「バイトですか?」
「はい」
 以前店長に聞いたところによると、バイトはシフトを組んで夜と昼とに分かれているはずだったが。
「もしかして、休みなしとか……?」
「まあ、そんなようなものです」
「え、昼も夜もここで?」
「まあ、そうです」
 店長、このご時世にそんな超過勤務はまずいです。
「過労死に気をつけてくださいね……」
「……そんな心配……ありがとうございます……」
「でも、店長も酷いですね。村山さん一人をそんなに働かせて。シフトとか組んでるんじゃなかったんですか?」
「あ、それはまあ、建前上」
 村山さんはひょいと上半身を捻って、棚の中からぺらりとした一枚の紙切れを取り出した。日に焼けたのか、何かが沁みこんだのか、大分茶色に変色している。紙の上部には「勤務表」と大書きがしてあった。
 ちょっと眺めただけで脱力する。
「うわ、意味ない」
 そこには、昼から夕方まで、村山。夕方から夜まで、村山。朝から昼まで、村山。というふうに、村山さんの名前しかなかった。一ヶ月分のシフト表らしいが、ところどころ墨引きがしてある以外、見事に村と山の文字しかない。
「本当に建前なんですね……あの、プライベートな時間ってあるんですか?」
「ええと、休憩時間はたまに店長が店番しててくれるので。それに、昼はいつでも休憩みたいなものですし……たまーに、気が向いたときだけバイトに来る方もいるので、そんな日は一日オフになったり、ならなかったり」
「結局、自由時間はないに等しいんですね」
「……まあ、そうです……」
「ちゃんとごはんとか食べてます……?」
 差し出がましい質問に、村山さんはちょっと顎を落とした。
「まかないがついてるんで、一応食べてるんですが……おかずが乾物ばっかりで……ハンバーグが恋しい」
 哀しげだ。一体どのくらい乾物まみれの生活を送っているのだろう。
「じゃことか、煮干とか、干物とか……干物とか……干物とか……」
「塩分の過剰摂取が気になりますね」
「大丈夫でしょう。塩分控えめなものもありますから。ただ、申し訳ないんですが、さすがに飽きてきました」
 さもありなん。
「まかないは、店長が作ってくれるんですか?」
「いいえ。店長はそんなことしません。というか、店長が何かをすることは……」
 ないんだ。
「じゃ、じゃあ、村山さんが自分で作ってるんですか? すごいなあ」
 賞賛がちょっと浮いてしまったが、村山さんは素直に照れてくれた。
「いえ、焼くだけとか、しょうゆかけるだけとか、そんなものですから」
「……飽きるはずですね」
「……はい」
 また落ち込んだ。村山さんは料理に創意工夫ができないタイプの男性らしい。どうりで手作りクッキーに感激するはずだ。
 しょうことないことだが、わたしの中で母性とやらが疼いた。トラブルを誘発することが多いので、概ね封印してあるのだが、もともとおせっかいな気質なのだ。
「……今度、ハンバーグ作ってきましょうか」
「えっ」
「ご迷惑でなければ。いつもお邪魔してますし、そのくらい差し入れしますよ」
 ぽかんと開いた口に小鳥が巣を作れそうである。
「ご迷惑だったら……」
「とんでもないことですっ」
 妙にかしこまられて、はははと笑った。


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