小夜嵐

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鰐と乾物屋 05 

 幸いにも、休日は晴れた。
 パンプスをスニーカーに履き替えて、湿った地面を踏んで行く。通いなれた道だ。
 買い物メモには、干物、にぼし、昆布、乾燥ワカメと書いておいた。最近記憶力に自信がない。全部覚えているつもりでも、後になってひとつふたつ見落としをしてしまう。
 そのメモを弄んでいると、塀の間を抜けて行く風に取られてしまった。ひょうと飛んで行くメモを追いかけると、メモは板塀の切れ目に吸い込まれていった。乾物屋への入り口だ。
「あ、佐藤さん」
 塀の隙間から空き地へと滑り込むと、珍しく村山さんが店先に出ていた。
「こんにちは」
「こんにちは。いらっしゃいませ」
 そのワニの顔を見て、ほっとする自分がおかしくもあり、興味深くもあり。
 乾物屋の店先には、車が四台ほど停まれるスペースがある。まさか駐車場ではあるまいが、雑草がぼうぼうに茂っており、小さな花の色づきもあるものの、ほとんどは緑で埋まっている。その真中を、蛇のような獣道がのたくっている。
 両膝から太ももの辺りまで、雨の名残の水滴を受けながら、村山さんのところまで歩いた。
「今日は何をお求めですか」
 声をかけてくれるのに、わたしはメモを飛ばされてしまったことを思い出す。空き地をぐるりと見まわすが、白い小さな紙切れは緑にまぎれて跡形もない。
 わたしがきょろきょろしているのに、村山さんが「どうかしましたか?」「メモが飛んできませんでしたか? このくらいの紙なんですけど」両人差し指で大きさを示す。「さあ、見ませんねえ」「そうですか」「探しましょうか」「いえ、そこまでは。いいんです。大したものじゃないので」
 たしかメモには、干物、ワカメ、昆布、とあったはずだ。
 それらを用意してもらう間、あまり思い出したくはなかったが一応お礼を言っておくことにする。
「先日は、ご馳走様でした」
「いえ。店長が蜜橋を奢るなんて、めったにないことなんですよ。佐藤さん……気に入られてしまったみたいで」
「そうなんですか」
 嫌われるよりはいいかと思ったが、村山さんの口ぶりが喜ばしいものではなかったのが気になった。けれど、問うほどのことではない。店長と村山さんの間には、何か得体の知れない複雑な関係があるのだろう。知りたいような気持ちが二割、知りたくない気持ちが八割、圧倒的に訊き返したくなかったのでわたしは黙った。
 村山さんはしばらくわたしの質問を待っていたようだったが、やがて商品の入った紙袋を渡してくれた。
「佐藤さんは、何も訊かないんですね」
 考えていたことを読まれていたようで、少し気まずい。
「あー、訊いたほうが、良かったですか?」
「知らないほうがいいです」
「は……?」
「佐藤さんは、賢明です」
「はあ」
「でも、これからも買い物には来て欲しいです」
「それは、もう」
 ひいきにしてますから、と言うと、村山さんは嬉しそうに笑ってくれた気がした。


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