小夜嵐

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鰐と乾物屋 04 

 六畳のワンルームに寝転がって雨の音を聴く。頬に食い込む畳の目に、六月の湿気を感じていた。むしむしした空気を吸いこんで、吐くと、それは自然とため息になる。腕を伸ばしてプラスチックのちゃぶ台の天板をなぞると、指先に水滴がつく。湿った指先を額につけるとひんやりと気持ちがよかった。
 乾物屋さんでよもぎまんじゅうをご馳走になってから、一週間が過ぎようとしていた。
 そろそろ買い物にお邪魔するころなのだが、そんな気になれずこうしてうだうだと畳に寝転がっている。
「うう」
 お腹が空いた。
 食料の残りをぼんやりと思い起こしながら、冷蔵庫を開ける。納豆、きざんだ葱、かまぼこ、しらす、干物しかない。干物は最後の一枚だった。
 ごはんを暖めて、干物を焼いて、かまぼこの味噌汁を作って納豆と食べよう。そう思って干物を焼こうとしたのだが、手にとってみると妙な匂いが鼻につく。よくよく嗅いでみると、腐っていた。干物を持つ手と共に、気持ちまで落ち込んで行く。
 かまぼこをおかずにして、納豆茶漬けをかきこんでふて寝することにした。
 雨はなかなか降り止まない。嫌いじゃないんだけどな、と窓から手を出すと、指先を水滴が掠めて落ちて行った。
 湿気が大敵である乾物屋にとって、梅雨時はとりわけやっかいな時期だろうことは、想像するまでもない。
「村山さん、だいじょうぶかなあ」
 誰にいうともなしに呟いて、すぐに心でわたしの心配することじゃあないけれど、と打ち消した。
 雨がどんどん降っている。


 干物をだめにしてしまってから数日後、わたしは傘を差して乾物屋へと続く道を辿った。いつもの道が、水を吸いこんで見知らぬぬかるみへと変貌を遂げている。パンプスが剥き出しの土に食いこんで、会社帰りに寄ったことを少し後悔する。
 雑草に降りた雨の雫をつま先で払いながら、板塀の間をすり抜けて行く。
 板塀の間を、ばたんばたんと微かな音を響かせて、赤い傘が進む。足もとの緑はいつもよりも濃く色づいて、通りすぎる足を迷惑そうに受けとめ、お返しとばかりに靴の甲に水滴を散らしてくれる。
 ぼんやりと歩いていたせいか、気づくと道がアスファルトに変わっている。
 板塀の、切れたところ、乾物屋への入り口を見逃してしまったらしい。戻ろうと踵を返したものの、一歩踏み出した靴が泥に縁取られているのを見て、諦めることにした。
 がっかりしているのか、ほっとしているのか、自分でもよくわからない。きっと半分半分くらいだろう。
 村山さんには会いたいけれど、あの場所が少し怖くなっていた。
 どうして村山さんに会いたいのかは、わからなかった。
 あんなにワニなのにね。
 パンプスから泥を落として磨き上げながら、わたしは村山さんが好きだな、としみじみ考えた。


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