小夜嵐

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鰐と乾物屋 02 

 二度訪ねると、常連気分が湧いてくる。
 三度四度と訪ねるままに、わたしはすっかりその乾物屋と気安くなっていた。
 ワニの彼は、名前を村山さんといった。世間話の合間に名前は知ることができたものの、何故ワニの被り物をしているかまでは、聞き出せていない。深い事情があるのかもしれない。単なる趣味なのかもしれない。興味は尽きないが、ずけずけ聞く勇気はない。
 こうもあからさまにワニであるが故に、却って言い出し難いのだ。
 乾物屋の主人なのかと思ったが、一介の店員であるらしい。店長は見たことがないが、たまに顔を出すという。実質、村山さんがこの店を切り盛りしているようなものだ。
 村山さんは顔に似合わず聞き上手だった。ぽつりと漏らしたわたしの愚痴なんかを上手に拾い、丁寧に聞いてくれる。自然、乾物屋に滞在する時間は長くなっていった。
 本屋へ行く途中に寄っただけのはずが、気づけば本屋が閉まる時間まで居てしまったこともある。その間も他の客は現れなかったから、最初に聞いた通り、閑古鳥は鳴きっぱなしなのだろう。
「毎日こんな調子ですか」
「まあ、そうですねえ」
 話を聞いてもらって居座り続けて、というだけは申し訳ない。村山さんが店の掃除をしているところに行き会ったわたしは、手伝いを買って出た。
「でも、夜は結構賑わうんですよ」
「え、夜もやってるんですか、ここ」
「はい」
 村山さんは棚に並べられた壜のほこりを払いながら、営業時間を教えてくれた。なんと、夜の三時まで開店しているという。居眠りしてしまうはずだ。
「じゃあ、昼間は休んでるんですか?」
「うーん、開店が二時ごろですかね」
 十三時間営業。
「それって、体に悪くないですか?」
「他にバイトも入りますから……まれに」
「……ほとんど村山さんひとりなんですね……」
「……頑丈なのがとりえです」
 侘しい空気が流れた。しみじみと棚を雑巾で清める。店の中は雑然として、拭っても拭っても掃除が終わる気配がない。小一時間もそうして手を動かし続けたろうか、夢中になって棚を整理していたわたしに、村山さんが声をかけた。
「わりかた片付いたし、そろそろ、お茶にしませんか?」
「お茶、ですか?」
「はい。良かったら御一緒に」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「手、洗います?」
 はい、と頷くと、村山さんはガラス戸の奥を指差した。
「あちらの奥に、洗面所がありますので、ご自由にどうぞ」
 お先に、といわれて、引き開けられたガラス戸の向こうへお邪魔する。
「失礼します」
「あいよ!」
 答えはないものと思っていたので、甲高い声で応答されてびくついてしまった。すばやく部屋の中を確認するが、だれもいない。変わったところといえば、ちゃぶ台の前に据えられた座布団に、小奇麗な市松人形が座っていたことくらいだ。
「ん?」
 市松人形が、こっちを向いている。笑った。
「ふ」
 市松人形に笑いかけられると、怖いものである。
 強暴な肉食のワニであるところの村山さんは全然怖くないのに、小さな、小さすぎる人形が自らの意思で動くように見えると激しい恐怖を感じる。人としての何かに訴えかける要素がそこにあるのだろうか。
 そんなことを考えながら、白くなっていく意識と戦っていたら、人形に叱咤されてしまった。
「なんだい、近頃の若い娘は。挨拶もできやしないのかい」
「う、いえ、はい。すみません。はじめまして。佐藤と申します。失礼しています。お邪魔させてもらってもよろしいでしょうか」
 言葉がしっちゃかめっちゃかだ。お邪魔するどころか、本当は逃げたい。
「ふん。上がりな」
 随分伝法な人形だ。よくよく見れば、随分綺麗な着物を着て、キセルを手に挟んでいる。おかっぱの黒髪もつややかではあるのだが、どことなく年代を感じさせる。下世話な一言でいえば、「高そう」な人形だった。コレクター垂涎。
 お邪魔しますと言ってしまった手前、上がらないわけにもいかない。少しよろよろしながら、ちゃぶ台を通り越して洗面所のドアを開く。石鹸を泡立てながら、頭の整理をしようと勤めるが、叶わぬ努力だった。備え付けのタオルは使わずに、ハンドバックに入れておいたハンカチで手を拭く。無駄にバックの中を整理して、口紅を塗りなおしてみる。
 できる限り冷静になって、ドアを開けると、やはりそこには市松人形がキセルを吹かしていた。
 わたしと入れ替わりに村山さんが洗面所に入り、居間には人形とわたしの二人きりになる。気まずい。
「突っ立ってないで、座ったらどうだい?」
「あ、はい。失礼します」
 おずおずと、人形の対面からややずれたところに正座する。
「足は崩してもいいよ」
「あ、ありがとうございます」
 崩し難かったのだが、崩さないわけにもいかない気がして、わたしは少しだけ足をずらした。スカートを着ていて良かった。
 ほとんど時間を置かず、村山さんが手を洗い終えた。
「すぐにお茶にしますから」
 居間のすぐ脇にある台所に入り、お湯を沸かし始める。いそいそと動く村山さんを横目で見ながら、わたしは沈黙に耐えていた。
「やれやれ、やっと一休みできるね」
 人形がカチン、とキセルを灰吹きに叩きつけた。
「店長はずっと休んでたじゃないですかー」
 村山さんの声が台所から聞こえてくる。すると、この人形はめったに姿を見せないという、噂の店長ということか。なんという風変わりな乾物屋だろう。
「何をいうんだい。ここでちゃんと監督してたよ」
「すぐにそういう……」
 ぶつくさ言う村山さんに、
「あの、村山さん、わたしもお手伝いしましょうか」
 と助け舟を出す。この場合、助けられるのはわたしな訳だが。しかし、この場から逃れたいという希望は、あえなくついえた。
「いえ、お客さんにそんなことさせるわけにはっ……。どうぞ、座っててください」
「……そうですか」
 まあ、逃れられてもせいぜい二メートル。がっかりしながら上げかけていた腰を落とす。
「ムラめ、よくいうよ。さっきまで掃除を手伝わせてたじゃないか」
「うっ……」
 絶句する村山さんを庇うため、勇気を出して店長に向かう。
「あ、あの、あれはわたしが無理に手伝いたいと言ったので……村山さんは悪くは」
「わかってるよ。悪いなんて言ってないじゃないか。早とちりな娘だよ」
 今度はわたしが絶句するはめになった。
「あんた、名前は」
 店長がこちらを見る。目には光があるが、表情が読み取れない。
 先ほど名乗った名前をもう一度告げる。
「佐藤です。佐藤、恵です」
「ふうん。なかなか使えそうな娘じゃないか」
「え」
「店長、そういう話は」
「ふん、わかってるよ」
 やかんがしゅんしゅんいう音が聞こえた。
 ほどなく、湯のみを乗せたお盆を持って、村山さんがこちらへやってきた。
「どうぞ」
「なんだい、茶菓子はなしかい」
「えっと、売り物のかりんとうならありますけど」
「けちくさいねえ、せっかくお客様がいらっしゃるってのに、和菓子のひとつくらい奢ってやりなよ」
「は、はあ」
「ひとっ走り行ってきな。三町目の密橋がいいよ」
「えっ、今からですか?」
「とっとと行きな。早くしないと給料下げるよ」
「ぎゃあ、はいっ!」
 エプロンを翻して店を飛び出す村山さんの後を追おうと、声をかける。
「あ、あの、わたしも一緒に」
「客は黙って座ってな」
 喉元にキセルを突き付けられて、わたしはしんみりと腰を落ち着けた。


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