小夜嵐

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ほっとけ 40 


 薫が車で迎えに来てくれたおかげで、野菜は捨てずに持って帰ることになった。トランクにどっさり収穫物を積み込んで、恭二は後部座席に乗り込んだ。助手席には山本が乗り、なにやら薫とやりとりをしている。
 アパートの前まで送ってもらった恭二は、これから二人でドライブに行くという山本と薫を手を振って見送った。
 失恋というよりは、仲間はずれにされたような気分だった。
 野菜の入った袋を持ち、どっしりと重い旅行鞄を担いで階段を上る。一歩一歩が虚脱した運びになり、気を抜くと膝がくず折れてしまいそうだ。
 やっと部屋のドアまでたどり着き、ノブを捻るが開かない。そうだ鍵を忘れていた、とあちこちのポケットを探るが、見つからない。旅行鞄を探り、しまいには中身をぶちまけて底まで探したが、やはりない。このままでは部屋に入れない。
 恭二はしばらく地球を背負ったような面持ちでドアの前にしゃがんでいたが、ようやく立ち上がると、一階の大家の部屋に行った。
「すみませーん。ご在宅ですかー? 204号室の坂上ですが」
 ベルを鳴らして声をかける。大家は定年退職した好々爺で、少々耳が遠い。さんざん待たされた後、中でごそごそ物音がして、「はいはい」という声と共にドアがゆっくり開いた。
「あれ。坂上さん。しばらく見なかったねえ」
 ふさふさした清潔そうな白髪をゆらゆら動かして、大家は楽しげである。
「はあ。仕事の関係で、ちょっと」
「へええ、そりゃ大変でしたねえ。で、何かあったの?」
「それが、鍵をなくしたみたいで……すみませんが、スペアを貸してもらえないでしょうか」
「ああ、そっかあ、そりゃ大変だ。ちょっと待ってね」
 ドアを開いたまま中に引っ込んだ大家を待ちながら、恭二は「大家さんが居てくれるってよいことだなあ」と古いシステムに感謝していた。やがて大家が「はいはい、これこれ」と一本の鍵を持って出てくる。
「ありがとうございます。鍵が出てきたらすぐお返ししますんで」
「いいのよー。で、さ、何かあったの?」
 そう言いながら、大家は恭二の手になかなか鍵を渡してくれない。
「何かって、何のことです?」
「とぼけちゃってー。これ、これ」
 小指を立てて恭二の前で軽く振る。好奇心で顔が光っている。
「小指ですか? ポークビッツウインナー?」
「まぁた、とぼけちゃって! これっていったら、女の子でしょ」
「古くてわかりませんでした」
「なんか、坂上さん性格変わった? 女の子泣かせちゃダメだよ」
「泣かせるような関係の人なんかいませんよ」
 恭二は古いシステムを呪いたい気分になってきた。
「だって、かわいい女の子がしょっちゅう訪ねてきてたよー。声かけたら、坂上さんいませんか、て言うから、当分帰ってないですよ、て言っておいたけどね」
 構わなかった? と聞かれたので「まあ、いいですけど」と返す。
「それにしても、誰でしょうね……心当たりないなあ」
「可愛かったよ。ふんわりした感じ」
「生命保険のセールスかな」
「色気のない話だねぇ」
「世の中そんなもんです」
 つまらなそうに、やっと鍵を渡してくれるので、感謝してその場を後にした。
 玄関のドアを開けると、中はうっすらと埃くさくなっていた。荷物を入れて、ひとまずベッドに倒れる。背中から布団へと疲労物質が流れていく。眠ってしまいそうだったので、不承不承起きて座りなおす。
 部屋を見回しても、ここを出たときとたいした変わりはない。仏壇もちゃんとあり、サカキもカスミソウも枯れ果てて茶色くなった葉や花がぽろぽろと落ちてはいたが、中にはおっさんもちゃんと入っていた。
 首を回して、長いこと仏壇を見つめていたが、のっそり立ち上がると仏壇に向き直った。
「ただいま帰りました」
 しゅう、とおっさんが頷く。
「長いことご無沙汰しまして、お変わりないようで」
 もう一度おっさんが頷く。
「なんなんでしょうねえ」
 今度は動きがなかった。
「いろいろ、たくさん、なんなんでしょうねえ」
 答えを期待した訳ではなかったが、反応が何もないので恭二はおっさんの爪先を眺めていた。それにも飽きたころ、携帯電話が鳴った。叔母からだ。
「恭ちゃん、そろそろそっちに着くけど、大丈夫?」
「あ! もうそんな時間ですか?」
「やだあ、しっかりしてよ。部屋にいるの?」
「はい、大丈夫です。来てください」
 恭二は慌ててティッシュを水で濡らすと、仏壇を拭いた。思ったよりも埃が積もっている。預かった手前、この状態で返すわけにはいかない。
 花瓶を掴む。軽い。中の水が完全に干上がっている。急いで中身をゴミ箱に開け、ざくざく水洗いする。掃除の途中で、枯れ落ちた葉っぱを踏んでしまい、拾い集めるのに難渋したが、何とか叔母が来るまでに体裁を整えることができた。
「久しぶりー!」
 玄関から飛び込むように叔母が入ってくる。
「お久しぶりです。ああ、おじさんも。お元気でしたか?」
 ふと犬の餌のくだりを思い出して、必要以上に気遣わしげになってしまった。叔父はそんなことには気づかず、「ああ、元気だよ」とほがらかにしている。どうやら忠告はいらなかったようだ。
「仏壇を預かってもらってありがとう。長い間、悪かったね」
「いえ。そんな」
 実質、それほど長いこと共存できたわけではないので、恭二は叔父のねぎらいを過分に感じて恐縮した。叔母が元気よく「じゃ、運んじゃいましょうか」とハッパをかけた。
 叔父が仏壇の扉を開け、挨拶をした。恭二は様子をうかがって、やはり叔父にも見えてはいないのだな、と確認する。扉を閉じた後、叔母が持ってきた目張り用のテープを貼り付ける。もうおっさんは見えなくなってしまった。
 これでもうおっさんは見納めか、と思うともう一度姿を拝みたいような気もしてくるが、わざわざ別れを惜しむほどの関係は築けなかったようだ。恭二は意外にあっさりした心境で平静に仏壇を運んだ。叔父と二人がかりでも結構重く、おっさんが入っているのだと思うと実際以上に重く感じる。特に、過酷な体験をすませた後ではなおさらである。
 汗を滲ませながら階段を降り、レンタルしてきたというトラックの荷台に載せる。叔父が、仏壇が倒れないようにロープをかけている間、叔母がこっそりと耳打ちしてきた。
「で、あの中身、どうなったの?」
「どうもこうも、あのままです。何も変わりません」
「うーん、じゃあ、まだおっさんが入ってるってわけね」
「そうなります。どうするんですか?」
 叔母はあっさりと「どうもしないわよ」と言った。
「え、マジですか。お祓いとかしなくていいんですか?」
「するつもりなら真っ先にやってるわよ。害はないんでしょ?」
「ないです」
 言い切った後、何か嫌な記憶がせりあがってきたが、仏壇のおっさんとは微妙に違う問題な気がしたので、もう一度「ないです」と付け足す。
「ならいいじゃない」
「でも、おじさんとか、家族には何も言わなくていいんですか?」
「だって、あたしにも見えないし。ほら、よく言うじゃない、知らないほうがいいこともあるって。たぶん、大騒ぎするほどじゃないわよ。かたつむり枝に這い、よ」
「心臓強いですね」
「長いこと生きてるからね」
 不器用にロープを絡ませていた叔父が、やっと満足のいく方法が見つかったらしい。「おーい!」と達成感を滲ませて声をかけてきた。
「あ、終わったみたい。じゃあ、今日はこれで帰るね。またお礼にごはんでもご馳走するから」
「あ、はい。どうもおかまいなく」
 叔父と叔母が手を振り振り行ってしまう。
 仲のよさそうな二人を、恭二は独りでぽつんと見送った。


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