小夜嵐

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

ほっとけ 31 


 お茶を入れなおし、ロールケーキが振舞われたテーブルの横で、山本が独り未だに芋虫から抜け出せないでいた。気温が上がるにつれて、心持汗ばんでいる。
「クーラー入れましょうか」
 佐々木が気を使うのに、当然ではあるが「ていうかほどいてください」と要求する。
「そうねえ、暴れたり逃げたりしないっていうなら、ほどいてあげようかなあ」
 薫はケーキにフォークを入れながら言った。
「その言葉の全てが誘拐犯っぽいんですけど。さっきチラッと慈善活動とかいってませんでしたか? 空耳ですか? やっぱり誘拐ですか?」
「強いていうなら、慈善的な誘拐、ね」
「わけわかんねえ」
 山本は吐き捨てると、恭二に向かって「おい、この人おかしいぞ」と言った。もっともな話なので、恭二には返す言葉がない。薫は不満げに唇を尖らせる。
「上司が悪くいわれてるんだから、もうちょっと反論しなさいよ」
「そんなこと言ったって、この状況では何を反論しても馬鹿をみるばかりですよ」
「韻を踏んだ?」
「気のせいです」
「座布団ほしいの?」
「ほしくありません」
「おまえら、おかしい」
 その場の空気がぴたり、と静止し、恭二が薫に向かって文句を言い始めた。
「ほら、薫さんのせいで、俺までひとまとめにされておかしいとか言われちゃったじゃないですか」
「おかしくないわよ。ちょっと奇抜なだけでしょ。大体、坂上のくせにあたしに意見なんて生意気よ」
「その手のジャイアニズムは封印してください。古すぎて賞味期限切れです」
「賞味期限は切れてるかもしれないけど、消費期限はまだいけるはずよ。おいしくなくても食べられます」
「食べられませんって。消化不良で寝込みます」
 にらみ合って討論する二人を横目で見ながら、山本は「佐々木さん、ケーキを一口いただけますか」と所望していた。
「糖分がほしくてたまりません」
 佐々木は親切にフォークで大きめにケーキを掬い取って、
「はい、あーん」
 とにこやかに差し出した。
 恭二と薫が議論を深める中、ロールケーキをほぼ丸々平らげた山本は、エネルギーを補給できてややおおらかになっていた。
「あ、すみません。コーヒーを一口」
「はい、どうぞー。もうぬるいですけど」
「火傷の心配がなくていいですよ。ごちそうさまでした」
「おそまつさまです。しょっぱいものがほしかったら、お漬物があるみたいですけど」
「いえもう、じゅうぶんにいただきましたので」
「そうですか、あ、おにぎりもありますよ」
 いくつもあるコンビニ袋を順々に探っていた佐々木が、突然悲鳴をあげた。
「な、なんてこと!」
「どうしたの?」
 いつしか映画と本編の違いについて論じていた薫が佐々木を振り返る。佐々木は青ざめた顔で、
「アイスがあるなら早く言ってくださいよ! 溶けちゃったじゃないですか、薫さんのバカ!」
 と涙混じりになじって、袋を抱えてキッチンへと走り去ったのだった。




 佐々木がキッチンに行ったまま帰ってこない。
 薫はソファに身を埋めて「バカって言われた~」と落ち込んでいた。
「驕る平家はなんとやらですね」
「そんなの、源氏が作り上げた印象操作じゃないの。信じるあほうに語るアホ」
「食べ物の恨みは怖いですよ」
「だからあんたに台所まで持ってって、て頼んだんじゃない。そうよ、忘れてたけど、アイスが溶けたのは坂上のせいよ」
「忘れてたんじゃないですか。俺はアイスの存在すら知らなかったんですから」
「言うことを素直に聞かないのが悪いんでしょ」
「あのー」
 山本が遠慮がちに割り込んできた。
「逃げないんで、これ、もう、ほどいてもらえませんか」
 相変わらずのぐるぐる巻きである。恭二と薫は顔を見合わせて、薫の方が眉をしかめる。
「なんでまだほどいてないの?」
「なんでって、薫さんが許可を出さないうちは、と」
「あたしの許可がないと何もできないのね、坂上は。まったくもう」
「ほ、ほどいてよかったんですか? さっきまで逃がさないとか暴れるなとか」
「あんなの、誘拐ごっこに決まってるじゃない。本気にしないの」
 恭二は、思わず両手に向かって顔をぶつけるように埋めた。この傍若無人ぶり、唯我独尊加減は誰かを思い起こさせる。
 今まであえて考えることをしなかった、薫と雅彦の血のつながりをひしひしと感じて、遺伝の恐ろしさを悟っていた。
「知りたくなかった。気づきたくなかった。人と人は、こんなにも近いものだったのか……」
「急に哲学してないで、さっさと解いてあげなさいよ。気が利かないわね」
「いい年こいて誘拐ごっことか言い出すなんて思わないじゃないですか」
 いい終わるか終わらないかのうちに、頭をティッシュケースでこづかれた。正しくは、頭に向かってティッシュケースが飛んできた。
「涙を拭いて顔を上げなさい」
「泣いてません」
「あのー」
 山本が呆れがちに割り込んできた。
「ほどけ」


戻る←  →進む

スポンサーサイト
thread: オリジナル小説 | janre: 小説・文学 |  trackback: -- | comment: -- | edit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。