小夜嵐

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

ほっとけ 30 


 そんなわけで、恭二は薫の別荘に来ていた。
 薫の、というよりは、品川家の、というべきだろうか。都心から少々離れた山の中にある、ごく普通のログハウスである。
 早朝の静寂を打ち破るように、蝉時雨が降り始めていた。とはいえ、木々に囲まれた室内は少し肌寒いくらいで、ガムテープで口を塞がれた山本がくぐもったくしゃみを放った。恭二は慌てて彼の口からテープをなるべくそっと剥がす。
「おい、どこなんだ、ここは」
 ブランケットで簀巻きにされた山本が、不満と不審をありありと表現した声で訊ねた。
「さあ、暗かったし、俺も初めてなんで」
 昨日、仕事終了後、薫とその仲間たちは作戦を練った。といっても、恭二は突拍子もない指示に呆然と従っただけである。
 作戦といってもシンプルなものであった。
 深夜、山本宅に忍び込み、山本を毛布にくるみ身動きを取れなくしたところで薫の運転する車に運び込み、後はなしくずしのまま今に至る。
 現実感をなくした恭二は朝の光の差し込む中で、巨大な芋虫と化した山本の隣にぼけっと座り込んで「すみません」とつぶやいた。
「薫さんの言うことなら間違いないと思ってたんですが、今頃になって、何か間違えたような気がしてます」
「俺が鍵をかけるのを忘れたばっかりに」
「……いえ、薫さん、鍵開けの七つ道具も用意してたので、多分、結果は変わらないかと」
「何者なんだあの人」
「えっと、なんか、すごい人ですよね」
「にこにこするなよ」
「すみません」
 再び反省モードに入った恭二の背後でドアがきしむ音がして、佐々木があくびをしながら入ってきた。
「コーヒー淹れてきたよー。キッチンがさあ、けっこう汚れてて、掃除するの大変だったのよー」
「あ、それはどうも、ご苦労様です。この部屋はわりときれいでしたよ。ソファも使えます」
「ん、ありがと」
 ローテーブルに手際よくコーヒーを四つ並べながら、佐々木はほがらかに訊ねた。
「で、山本さんは砂糖とミルク、どうします?」
「……簀巻きにされた人間を前に言うことじゃないと思うんですが」
 やや目元をきつくしながらすごむので、恭二は思わずそそくさと目を逸らしてしまう。
 だが佐々木のほがらかさは変わらなかった。
「ごめんごめん。でも、ほら、逃げられると困るじゃない?」
「そんな当たり前のことみたいに逃げるだの逃げられないだの言われても困るんですが」
 心なしか山本の額がてかった。脂汗だろうか。
「で、砂糖何個?」
「……二個お願いします。ミルクたっぷりで」
 ふだん山本はコーヒーはブラック派だったはずだが、と恭二は思ったが、ああそうか、今はふだんじゃないものな、とまなざしをしょんぼりさせる。たぶん糖分と鎮静作用が欲しかったのかもしれない。
 コーヒーに砂糖と、ミルクがたっぷり投入される。「どうぞー」とソーサーをくるりと回して山本が乗っかったソファの前へとすべり出されるカップを、彼はじっくりと見つめた。
「どうやって、飲むんですか?」
「ああ」
 佐々木が恭二を見つめる。山本もまた、恭二を見つめた。恭二はコーヒーカップを見つめて、しばらく後、カップを取り上げて、山本に近づけた。
「どうぞ」
「ロープほどけよ! はいアーンじゃねんだよ!」
「いえ、その、興奮されているようですし」
「そうねえ、ボスが戻ってくるまでは、そのままでいてもらったほうがいいかもねえ」
「ボスって薫さんですか?」
「薫さん以外に誰がいるのよ」
「なるほど。ボスかあ」
「ボスってなんだよ! お前の勤め先は犯罪組織だったのか? 俺をどうする気だよ!」
 山本が全身をくねくねさせるので、恭二は慌てて抗弁した。
「違いますよ。ごく普通の先進的な雑貨屋です。ボスっていうのは、薫さんがそんな感じだなあっていうことで、ただそれだけなんです」
「ねー」
 小首を傾げて賛同を示す、調子を合わせているのか茶化しているのかわからない佐々木が、何か物音を聞きつけた。
「あ、薫さんが帰ってきた」
 耳を済ませると、ジープの力強い駆動音がぐんぐん近づいてくる。恭二はほっとした面持ちで「ちょっと見てきます」と腰を上げた。
 引き止める山本を佐々木に任せて、駐車場まで駆けつける。
 薫が運転する車が、ちょうどエンジンを止めるところだった。
「ただいま」
 颯爽と降り立ち、元気のよい音を響かせて、車のドアを閉める。都会ならご近所から苦情がきそうだが、周りに家もないこのあたりでは、木々の間に吸収されて、文句を言うものもない。却って心細さを祓うようで、恭二は頼もしく薫とその車を見上げた。
「ほら、ぼさっとしてないで、荷物運ぶの手伝いなさい」
「あ、はい!」
 車の後部座席を見ると、コンビニの袋が山積みしてある。薫はここについてすぐ、山本たちを降ろすと麓まで買出しに行ってきたのであった。
「ずいぶん買いましたね。うわ、米まで」
「この別荘、しばらく使ってないから、何もないでしょ? 味噌もあるわよ」
「いまどきのコンビニってなんでもあるんですね」
「あれ、坂上はコンビニ常連なんじゃないの?」
「まあそうですけど、寄るコーナー決まっちゃってるんで、あんますみずみは見ないですから、そんな詳しくないっていうか。スーパーの方が安いし」
「ダメねえ。新商品のチェックくらいしておかないと、時代に乗り遅れるわよ」
「エコとロハスってどう違うんでしょうね」
「それを語らせると長くなるけど」
「またの機会にします」
 両手に荷物をぶら下げた恭二に「じゃあ、それ台所まで運んどいてね。あたしは山本さんとちょっとお話がしたいから」とにやりとして、薫はリビングへと向かった。
「ちょ、薫さん! 俺もご一緒します」
 微笑みに不安を感じ、焦って後を追う恭二をうるさそうにしながら、
「何よ、手荒なことはしないって。任せなさい」
「一応事の顛末を見届けておかないと、不安なので」
「信用がないわねえ。坂上はもっとあたしのこと信じてくれてると思ってたのに」
「信じてますけど、時と場合によります」
「それ信じてないってことじゃないの」
「信じてますって。微妙な違いをわかってください」
「坂上は最近だんだんしたたかになってきたような気がするわ」
「薫さんのご教授のおかげです」
 などとやりとりをしつつ、リビングへのドアを開けた。
「おかえりなさーい」
 佐々木がにこやかに迎えてくれる。
「コーヒー冷めちゃいましたよ」
「いいよ。そろそろ暑くなってきたし」
 どっかりとソファに座って、コーヒーに手を伸ばす薫を、山本が睨みつけた。
「あんたがボスか」
 構わずコーヒーをキューッと半分くらい飲み干し、カップをソーサーに戻すと、薫は堂々と胸を張った。
「そうだ」
「薫さん! そこは否定してください」
 懇願する恭二を佐々木が抑えた。
「まあまあ、せっかく薫さんがノリを合わせてくれてるんだし。さっきまで坂上くんもボスって言ってたじゃない」
「なんだとお。誰がボスだって? 坂上、貴様言ってくれたなあ」
 薫は恭二の前に移動してきて、頬を両脇に引っ張った。必死でその指から逃れながら抵抗する。
「自分でそうだって肯定した舌の根も乾かぬうちに!」
「ノリを合わせただけよ。空気読んだのよ。それより、誰が女ボスよ。失礼な」
「ボスって言い始めたのは佐々木さんですよ、俺もノリを合わせただけです」
「あー、ひどいな坂上くんだってそんな感じだって完璧に同意してたくせに」
「さーかーがーみー」
 今度は耳を両脇に引っ張られて、さらに上下に振られる。三半規管に影響が及び始めていた。
「なんで俺ばっかりいじるんですかー」
「面白いから」
「いじりやすいから」
 二人の即答になすすべもなくうな垂れる。その背中に、山本がやや同情を込めて、
「お前の職場、楽しそうだな」
「……ありがとうございます」
「で、そこの女ボスはなんで俺を誘拐したんだ? 金とコネならないぞ」
「失礼ね、営利目的なんて。これは、純粋な慈善活動よ」
 山本はややもぞもぞした後、ソファから首を上げた。体を起こそうとして、果たせなかったようだった。それと察した恭二が山本の上半身を起こし、ソファにもたせかけてやる。
「おお、ありがとう。で、お前の会社は犯罪組織じゃないのか?」
「だから、違いますって。これは犯罪行為かもしれませんが、組織ではなく、薫さんの独断とみんなの決行です」
「犯罪行為とわかっててやったのか」
「……かすかに」
 小さな声で「やーい、犯罪者ー」と佐々木がからかうので、恭二は少しばかり涙ぐんだ。
「そうじゃないかなー、とは思ったんですが、薫さんは自信満々だし、佐々木さんはノリノリだし、なんとなく、うっ……ごめんなさい、先輩っ」
「お前ってやつは……」
「ちょっとお、坂上、あたしと佐々木ちゃんばっかり悪者にしないでよ。首謀者はあたしかもしれないけど、主犯はあんたなんだからね」
 そうだそうだー、と、合いの手を入れながら、佐々木がコンビニの袋の中を物色している。
「どうしてそうなるんですか」
「だって、肝心の山本さんを毛布で簀巻きにした上に縛って車中に連れ込んだのも、ここまで運んだのも、坂上だもん」
「え、それで、俺が主犯?」
「そうなるでしょ?」
「そうなるんですか?」
 問われた山本が、当惑しつつも「そうなるかな」と肯いた。
 コンビニ袋をがさがさいわせていた佐々木が、「わーロールケーキだー」と嬉しそうな声を上げた。さっそくケーキを取り分けている。
「……そんな……俺が主犯だなんて……」
 突然降りてきた主役の座の重さに耐え切れず、うなだれる恭二の背中に、薫がやわらかく手を置いて、
「やっちまったもんはしょうがないわよ」
 とにっこりした。


戻る←  →進む

スポンサーサイト
thread: オリジナル小説 | janre: 小説・文学 |  trackback: -- | comment: -- | edit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。