小夜嵐

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ほっとけ 27 


 ポカンとしたまま雅彦を見送り、ポカンとしたまま後片付けをし、ポカンとしたまま就寝した。もはや、仏壇の中のおっさんを恐がるような精神状態ではなかったせいか、ぐっすりと安眠し、起きた朝は今までのことがなかったかのような清清しさであった。しかし、まだどこかにポカンが残っている。
 おっさんは仏壇の中にいる。自動的に体が動き、線香とお茶を供えてリンを鳴らす。おっさんと至近距離で見つめあいながら、恭二はやっぱりポカンとしていた。
 十二分にポカンとしたころ、ふいに、おっさんの後ろ、つまり山本の部屋が気になってきた。朝の忙しい時間だというのに、物音一つ聞こえない。彼の生活習慣からすると、もう起きていてもいいころだ。
「……静かすぎる」
 部屋を出て、山本の玄関ドアをノックする。まずは、外から呼びかけてみることにした。
「……せ、せんぱーい、いらっしゃいますかー?」
 返事がない。出社してしまったのだろうか、それとも傷心が癒えなくてまだ寝ているか、あるいは。今度は強めにノックして、呼んでみるが同じことだった。やむを得ずドアノブを慎重にまわしてみる。
 開いた。鍵がかかっていない。
 ドアはかすかな軋みを立てながら、ゆっくりとこちらへかたむいた。「な、中にいるんですか? 先輩?」踏み込んでいった恭二の見たものは、
「ぎゃー!」
 床に倒れ付す、変わり果てた山本の姿だった。小さな、白い袋のようなものが周りに散らばっている。口一杯に得体の知れないものを頬張っている。
「先輩! 何てことを! 何てことを……!」
 ふらふらと駆け寄り、力なく揺する。と、ぴくりと瞼が痙攣した。
「……生きてる! 生きてるんですね?」
 恭二は山本の口から白い袋をいくつも引きずり出した。
「げほ、うえっ……」
「先輩……なんて無茶で無駄で無謀な真似を……」
 山本が袋ごと頬張っていたもの、それはハッカ飴であった。白地に青の爽やかなパッケージが唾液にまみれて台無しだ。「食べ方違うよ」と飴が涙にくれているようであった。
「先輩らしくないです。なんでこんなことを……」
「……そんな気分だった……」
 かすれ、潰れた声で、ぽつりぽつりと語りだす。
「あまりにむなしく……寂しく……そんなときに目に付いたのがいつのものかわからないベッド下に放置されたキャンディの袋……。……最初はひとつ……なんとなくもうひとつ……気がついたら口いっぱいに……何やってんだ、と己にツッコミを入れたものの、吐き出す気力もなく……絶望の淵でわけわからん行動をとる。……よくあることだ……」
「もういいですっ……もう、いいんです、先輩、わかります、わかりますから、それ以上は……」
「……おまえに何がわかる……」
 先ほどから視線も合わせてくれない。恭二はコップに水を汲んで渡した。山本は大人しく一気に飲み干す。
「……吉岡さんのことは……」
「言うな!」
 山本はコップを放り出し、頭を抱えてハッカ飴の中に突っ伏した。
「先輩……」
「……坂上……俺はな、失恋で落ち込んでるわけじゃない。不甲斐ない己の純情に失望したんだ……!」
「……?」
 恭二は理解が及ばず小首を傾げた。
 その気配が伝わったのか、語ることで楽になりたいのか、山本は続けた。
「俺は本気で吉岡さんを好きだった。結婚したかった。惚れていた。恋をしていた!」
 見えないが、涙の零れる気配がする。
「なのに……なのに、昨日の吉岡さんを見て……俺は、俺はどん引きした! 結婚なんて、いやつきあうことすら、ありえないと思ってしまった」
「先輩、どん引きは正常な証です。それが普通です」
「だまれ下郎!」
「げ」
 山本とのつきあいは長いが、こんな風に叱責されたのは初めてだった。
「勝手に好きになっておいて、勝手に引導を渡すなど……惚れた意味があるものか! 俺は好きでいたかったんだ! たとえ、両思いになれなくても、彼女がどんな彼女であろうとも……! それを……それを俺は……! 俺がぶち壊したんだ。俺は俺が情けない。身勝手で傲慢で不純な俺が情けない……」
「先輩……」
 すすり泣く山本に、恭二はかける言葉をなくした。まさか山本が、ここまでピュアの頂を目指していたとは、思いもよらないことだった。
 震える背中を前にして、恭二にできることは、ハッカ飴の袋を回収して、そっと部屋を出ることだけだった。


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