小夜嵐

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

ほっとけ 26 


 スーパーの袋を手に提げて、自室へと戻ると、雅彦がペンを手に唸っていた。
「まだやってたんですか」
 ほんの少し感心して、恭二は弁当とお茶をテーブルの上に置いた。
「やってるとも。諦めてたまるか」
「がんばってください」
 言って、買ってきたばかりの「燃やさないごみの袋」を一枚取り出し、がしゃがしゃ広げた。早速ビンと缶の山を、カランカランガチャンと袋の中へ納めていく。
「随分のんきだなあ、おい」
 雅彦が口先を尖らせて責めるような声を出した。
「早く片付けないと、虫が集ると面倒ですから」
「虫なんかどうでもいいだろう。おまえも、何かアイデア出せよ。さっき考えてるって言ってただろ、ほら、もったいぶらずに、さあ」
 紙とペンをずいずい押し付けてくるが、それをさりげなく避けてゴミの袋を玄関脇へと積み上げる。凛として「部長におまかせします」と言い放つと、恭二は台所へ立った。妙に味噌汁が飲みたい。
 お湯を沸かして、出汁のもととわかめを入れ、味噌を溶かす。汁が熱くなってきたらたっぷり絹ごし豆腐を入れる。簡単な味噌汁ができたので、買ってきたごはんをお椀によそって、その上から汁をかけた。絹ごし豆腐がとろとろふわふわにごはんと絡んで頬がしびれるほどにうまい。
 その様子を見ていた雅彦が「うまそうだな」とうらやましそうな顔をした。
「俺にもよこせ」
「弁当あるじゃないですか」
「いや、やっぱり味噌汁だよ。二日酔いにも効くし」
「それはしじみの味噌汁じゃありませんでしたっけ。これ豆腐とわかめですけど」
「いいんだよ、何でも。味噌汁だ、味噌汁」
 恭二は達観した気持ちになりつつあった。箸を置くと、お椀をもうひとつ取り出す。
「ぶっかけでいいですか?」
「おう、いいぞ。男はワイルドにぶっかけだよな」
「……どうぞ。箸は弁当のわりばしありますよね」
 目の前に置かれた湯気の上がる食事に雅彦は舌なめずりしてとりかかった。テーブルの上にはさまざまな落書きのなされた紙がちらばっている。恭二はそのうちの一枚を手にとってみた。
「……ヒトデの群れ? ヒトデって群れる生き物でしたっけ」
 味噌汁飯をかっこみながら雅彦が答える。
「ばっか、おまえ、それは星だよ。星」
「星」
 そう言われてみると、星に見えないこともないが、妙に足が長い。
「どうして重ねてあるんですか?」
「その方がかわいいだろ。ほら、顔が描いてある、ここが頭で、ここが……」
「ああ……そういう……」
 ヒトデの模様かと思っていたのは、顔らしかった。すると、この生き物は、ぐんにゃり曲げられた手と足を持つことになる。
「……ヒトデ怪人……」
「なんだとお」
「すみません。星怪人ですよね」
「怪人つけるな。怪人じゃないって」
「星人間?」
「もっとかわいく言え、かわいく」
「かわいくといわれても」
「もういいよ。こっちはどうだ? かわいいだろ」
 示されたそこには、何か恐ろしげな生き物の生首が縦に連なっていた。
「く、首実検ですか?」
「なんでそんな生臭いこと言うんだよ。わんこだよ。かわいいわんこがたくさんだ」
「……な、なんで首だけ」
「頭とか顔って言え。かわいいだろ?」
「えー……なんで重ねてあるんですか?」
「かわいいからだ」
 そうか、と恭二は突如天啓を得た。「かわいい」とは、説明不可能な感情なのだ、と。そして、時に個人差がとても大きくなる。雅彦とは「かわいい」において生涯わかりあえそうにない、という予感に、恭二は確信を持った。
「どうだ? いけそうか? これ」
「俺には高度すぎて判断できません……まあ、今はなんでもありっていうか、シュールなものとか、キモかわいいとかって、好きな人いそうだし、部長次第なんじゃないですか」
「そ、そうか? 俺次第か」
 つい真面目に意見を言ってしまった。そして雅彦がなにやら希望らしきものを持ってしまったようだった。しまった、と恭二は悔いたが遅かった。
「よおし、じゃあ、これを薫に見せて説得だ!」
「やめたほうがいいです」
 恥をかくだけだ、と心から憂いた。
「なんでだよ。けっこうイケてるだろ?」
「……俺にはちょっと……わからないです」
 正直な気持ちだった。かわいいポイントがまったくわからない。だが、世界は広い。人々の感性はさまざまだ。いつかどこかで、ヒトデ怪人や犬首トーテムポールをかわいいと感じる人がいないとも限らない。だが、売れるストラップにしたいのなら、そんな希少性に頼るわけにはいかないだろう。ましてや、薫の許可が下りるとは思えない。
「煮え切らないやつだなあ。よし、おまえも一つ描いてみろ!」
「えええ」
「えーじゃない。描けよ。一個くらいいいだろ。いいのができたら、俺が売り込んでやるから」
「えー」
「おまえ今日一日でなんか生意気になったぞ。一個でいいから、描けよ。そしたら帰ってやるから」
「描きます」
 自分でも驚くくらい、すんなりやる気がわいてきた。雅彦のデザイン、もとい落書きを見る限り、それほど高度な水準は要求されないだろう。適当にお茶を濁して、そして帰ってもらおう。恭二は真剣に紙の表面を見つめた。
 じりじりと時間が流れる。
「……まだか?」
「ちょっと待ってください」
「何分たったと思ってるんだよ」
「もうちょっとですから」
 いざ、描くとなると適当なものでも難しい。簡単なかわいい系のものをさらっと描こうとするのだが、なかなか思い浮かばない。下手をすると雅彦系のものになりそうになって、ペンを持った手に冷や汗が滲む。いくら適当にとはいえ、生首やヒトデを重ねるのは嫌だったし、「俺の真似じゃないか、やりなおし」などと言われかねない。
 うーんうーんと呻いているとき、ふと雅彦の背後に仏壇が見えた。
 すっ、とペン先が動き出す。やがて黒々とした線が形作ったものは……。
「なんだこりゃ」
 仏壇に納まったおっさんの絵であった。
 雅彦は己の背後を振り返り、次に紙の上を凝視する。ぱんぱん、と紙を叩きながら、
「ただのスケッチじゃないか」
「いえ、まあ、モデルというか」
「こんなものをモデルにしてどうする。ちっともかわいくないぞ。売れっこないだろ」
 この男にだけは言われたくない。だが恭二は歯を食いしばって耐えた。
 それにしても、雅彦の順応力の高さには驚くべきものがある。昨日は叫び声を上げて腰を抜かしたくせに、今日は「こんなもの」呼ばわりである。
 慣れるって偉大なことだなあ、と恭二はしんみりした。みんなこうして慣れていく。
「しかしですね、部長」
 反論の構えをみせる恭二に、雅彦はおお、と少し楽しそうな様子だ。
「昨今はどんなものが流行るかわかりません。キモかわいい系の上を行く、キモわからん系というのがあっても、いいんじゃないでしょうか」
「キモわからん系」
「そうです。わからんのです」
 二人して仏壇を仰ぎ見る。
「確かに、わからん」
「そう、この科学が蔓延する時代に、人知を超えた『わからない』という存在。それを体現するものこそが、この仏壇に組み込まれたおっさんの姿なのです!」
「おお!」
「これはウケます!」
「そ、そうかね?」
 少なくとも山本の職場ではうけていた。彼の職場は激務だから、あるいはみんな極限状態でおかしくなっていたのかもしれないが。
「もちろんです! 全てが解明され尽くしたとされ、また、人間にわからないことがあってはならない、という思い込みを当然とし、強要されるこの時代、人々は『よくわからないもの』にこそ興味を引かれ、そして安心するのです。すなわちこのマスコットは」
 雅彦の手から紙を奪い、掲げる。
「癒しグッズ!」
「なるほど!」
 恭二はもう、雅彦を部屋から追い出すことしか考えていなかった。
 口からでまかせに、実在する仏壇入りのおっさんが説得力を加え、ノリと勢いで、雅彦は、なんとなく納得してしまった。あるいは昨夜床に染み込んだアルコールが蒸発してきて、未だ彼らを酩酊に導いているのかもしれない。
「これは……イケる! イケるぞ、坂上君!」
 いけるわけがない、と恭二は思ったが、口には出さなかった。代わりに、ちょっと視線を逸らし気味にして、こう告げる。
「それはどうでしょう……」
「なんだと? 今、すごい論陣を張っていたじゃないか」
「いいえ、理屈だけでは、だめです」
「なにい?」
「理屈だけでは、売れない。俺は、売れる商品とは、運に恵まれたものだと思うのです」
「おお……運」
「そうです。もちろん、すぐれたデザイン、営業の切り込みなどは大切です。ですが、最終的に売れ筋になるかどうかは……運」
「運」
「運」
「運か……」
「うん」
 もう面倒くさくなってきてさりげなく駄洒落を仕込んでしまう恭二であった。
「ですから、この辺でもう奇抜なアイデアからは手を引いて、薫さんに迷惑をかけず、堅実にいきましょう、部長。そんなわけで、俺も一つ描いたことですし、そろそろお帰り願います」
 だが、雅彦は急に打ち沈んで、手元の紙に描かれたおっさんを見つめながら、「運、運か……運……」とぶつぶつ呟きはじめた。
 やがて、目が覚めたような顔をふい、と上げる。
「そうだな……おまえの言う通りかもしれない」
「そうですよ。堅実が一番ですよ」
「まさかおまえに教えられることになるとは、世の中はわからないもんだ」
「わかっていただけるとは……苦労した甲斐がありました。薫さんもよろこんでくれます」
「運を信じて、我が道を行く。そんなアドベンチャー精神が、俺にはわかってなかったのかもな」
「へ?」
「全ては、運。運を天に任せ、そう、人事を尽くして天命を待つ! そうだろう、坂上! まったく、言うは安し、行なうは難し、というやつだ!」
 恭二はこれ以上できないくらいポカンとした。
「薫に認められないからって、なんだ! そんな小さなことにこだわっていた俺が馬鹿だった。自分の道は自分で切り開く、それが男だ!」
 雅彦は力強く独り肯くと、恭二のスケッチをぎゅっと握り締めて宣言した。
「俺は、このストラップを日本中に売りつくす! 売って売って、売りまくってやる! 薫がなんだ、会社がなんだ! 俺は、俺自身の会社を作る! そして、全てを見返してやる!」
 ぎらぎらと漲って、雅彦はすっくと立ち上がった。心なしか、フットワークが以前とは段違いに軽い。迷いのない足取りで玄関まで行くと、ニヒルな表情で振り返った。
「坂上……おまえには世話になったな。迷惑もかけた。ここからは俺独りでやる」
 靴を履き、安っぽいドアを軋ませ、外の光を入れる。
「俺は、俺の運を掴まえに行く……じゃあな」
 影法師を残して、二度と振り返らずに去っていった。
 やがて影すらも消え、後に残されたのは、ポカンとした恭二と仏壇の中のおっさんだけであった。


戻る←  →進む

スポンサーサイト
thread: 自作小説 | janre: 小説・文学 |  trackback: -- | comment: -- | edit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。