小夜嵐

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ほっとけ 24 


 せっかくの休日なのに、恭二は日本中の漬物石を乗せられたような気持ちだった。
 隣の部屋からは身もだえするような気配が伝わってくるし、雅彦はまだいびきをかいている。仏壇の中はひたすら平穏で、それが今は腹立たしい。
 この仏壇さえなければ、いや、仏壇の中におっさんさえいなければ、恭二が吉岡と出会うこともなく、山本は今も幸せな片思いをしていただろうに。そう考えるとむらむらと怒りが沸きあがってきて治まらない。萎えていた手足が張りを取り戻してきた。
 仏壇の前に仁王立ちになって、中を睨みつける。
「おまえさえ、いなければ……!」
 恭二は数日前の山本がしたように、おっさんの襟に掴みかかった。力の限り締め上げる。もみ合いの最中に、さっき供えた湯飲みが転がり落ちるが、おっさんはびくともしない。
「うんぬぬぬぬぬぬぬぬ」
 足を踏ん張る。ぎりぎりと、シャツが破れてもおかしくないくらい力を込める。こんな力を出したことは、今までなかった。全身から汗がふつふつと噴出してきて、服の下をつうつうと流れるのがくすぐったい。体の中で血液がのたうつ感覚にしばらく我を忘れた。
 肘が当たり、花瓶が鈍い音とともに落ちて転がる。サカキとカスミソウがぱらぱらとこぼれ、緑と白のコントラストで床を彩った。力を込めるたび、仏壇の扉ががたがたいった。
 怒りは治まらなくとも、体には限界がある。恭二は力を出し尽くして、息を荒げながら襟にかけた指を緩めた。
 山本のときのように、喝破されるかもしれない。だから、腰を抜かさないよう覚悟を決めて、下腹に力を入れていた。だが、声はかからなかった。代わりに降ってきたのは、おっさんの、手であった。
 頭に乗せられた手は不思議に暖かく、溶けるようなやわらかさを持っていた。
 その手がぽんぽん、と恭二の頭を叩く。やさしく、なだめるように、なぐさめるように、ぽんぽん、と叩く。
 不意に、恭二の目から涙が溢れた。
 後から後から零れ落ちる涙を止められなくて、恭二は仏壇の前にうずくまって顔を覆った。
 起きてきた雅彦が声をかけてきたとき、恭二の胸元はびしょびしょに濡れていた。




「おい……どうした?」
 ベッドから酒に焼けた声が飛んできた。恭二はシャツで顔を拭う。
「なんでもありません」
「なんでもって、おまえ、泣いてるんじゃないか?」
「違います。ただのデトックスです」
「デトックスってなんだ」
「……気にしないでください」
「気にするなって言われてもなあ……ああ、まあいいや。のどかわいた。おおい、なんか飲み物」
 恭二は大きな耐熱グラス一杯にお茶を淹れて雅彦に差し出した。
「あっち、あちい。おまえ、これじゃ持てないじゃないか」
 グラスの淵を指先で囲むようにぶら下げながら、それでもふうふういって出がらしのお茶をすする。
「それ飲んだら出て行ってください」
「なんだ、怒ってるのか?」
「ご家族も心配されてますよ」
 さすがの雅彦もばつの悪そうな顔をした。
「確かに悪かったけどなあ、そんな当てこすりを言うことはないじゃないか。ちょっと飲みすぎただけだろ。今日は休みだし、いいじゃないか、別に」
「よくありません。帰ってください」
「なんだ、おまえ、やけに反抗的じゃないか」
「別に」
「おまえらしくもない」
 まったく、恭二らしくもない。だが、昨日の朝にこれだけのことが言えたなら、あるいは今日の惨事は起きなかったかもしれないのだ。それを思うと悔やまれてならなかった。妙な運命に山本をまきこんでしまったようで、申し訳なさがこみあげてくる。
 恭二はローテーブルの端に頭をぶつけた。ガラス製の天板がひんやりして気持ちいい。
「もう何も考えたくありません。アイデアもありません。何も出ません。帰ってください」
 打ちひしがれた恭二の様子に、雅彦はもそもそベッドを降りて、隣に移動してきた。
「なんだ、なんだよ、そんなにしょんぼりしちゃってさあ、大丈夫だって。まだ今日一日あるから、一緒に考えよう。薫をあっと言わせるような、すごいやつをさあ」
「……何もないって言ってるだろー……」
 怒りくるって、あるいはオーバージェスチャーで勢いをつけて言い放てば、かっこよかったかもしれない。だが恭二にそんな気力は残されていなかった。必然的に、蚊の鳴くような反抗となる。
 だが雅彦にとっては、蚊がぶんぶんいう程度には耳障りだったようだ。
「なんだ! そんなに早く諦めるもんじゃないだろ! 近頃の若者は、粘りが足りんよ、粘りが。もっとハングリーに、食らいついていかないと」
「……なんで、あれだけ飲んだ翌日にそれほど元気でいられるんですか」
「んん? そりゃあおまえ、鍛え方が違うんだよ」
 俺の肝臓はタフだからな、と得意げに腹をとんとん叩く。
「兆候がないだけで肝硬変になってても知りませんよ……」
「大丈夫だって。この前の定期健診でもイケてたし。でもあれだけ飲むとちょっときついな。何か食うものないか?」
「食欲があるんですか」
「おお。軽くでいいぞ。なんか、あっさりしたもんをな」
「健康ですね……本当に健康でいらっしゃいますね……」
「まあな」
 雅彦の鼻の穴がふくらむ。嫌味がほめ言葉にされてしまった。
「……卵焼きでいいですか」
「そりゃないだろう」
 嫌な顔をされて、やっとのことで、ちょっとだけ溜飲が下がった。


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