小夜嵐

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ほっとけ 20 


 雅彦が会社まで追いかけてくるのではないか、という恭二の心配は杞憂に終わった。結局、退社まで何事もなく働き、肩の荷が降りた気持ちで帰途につく。だが恭二の胸にはまだ重たい塊の欠片が残っていた。
 薫は帰ってきたが、月曜は定休日である。明日の朝、また急襲されないとも限らない。おっさんという内部の闖入者に加え、今度は外部からの襲撃にも備えなくてはならなくなってしまった。部屋にいては危険だ。が、行く当てのなさからおっさんとの共存を決意した恭二に、避難場所などあるはずもなかった。
 いっそ、また山本の部屋に匿ってもらおうか、とも思うが、山本はすでに身元……もとい隣の部屋に住んでいることがばれている。隠れ家には適さない。
 早朝から一日中どこかへ出かけるか、それとも居留守か……あれこれ迷いながら、夕飯の買い物をしにスーパーへ寄った。いつも通り惣菜コーナーで適当においしそうなものを見繕う。通りがかった青果コーナーで、ついとアボガドを手にとり、別に食べたいわけでもないのに自然な流れでカゴに入れてしまう。意識の隅で「別にいらないや」という考えがわくのだが、元に戻す動作が出てこなかった。
 ビールと焼酎でカゴが埋まっているのに、清算のときに気がついた。レジの店員が手品のようにカゴからビールや焼酎を次々に取り出すのを夢心地に見ながら、いつの間にこんなに入れたっけ、と財布の中を気にしてちょっと青くなる。
 結局支払いはカードでして、来月の節制を思い描きながらアパートの階段を一段一段踏みしめた。指に食い込むビニール袋が痛い。持つ手を時々代えながら、やっと階段を上りきる。
 自室のドアを開けようと、買い物袋その他で両手がふさがった状態で苦心してカギを取り出そうとしているとき、自分の部屋から「なんだ!」という人声が聞こえてきて耳を疑った。嫌な予感が押し寄せてきて、恭二はその場にしゃがみこむ。かつんかたんことんと、ビニール袋ごしに酒類がコンクリートと接触して軽やかな音を立てた。
 どこからか懐かしいアニメーションの一場面が脳裏によみがえってくる。そう、
「疲れたよ……」
「帰ったか坂上っ!」
 最後まで呟くことも許されず、恭二の頭に山本の開けたドアがぶつかった。
 頭を押さえて痛みに耐え、ついでになるべく長く現実を見なくてもすむように膝の間に顔を埋めて「痛いです」とうめく恭二の隣にぴたりと張り付き、山本は酒臭い息を吐きながら肩に手をまわした。
「悪い。だがな、俺は今日地獄を見た。だからおまえも見ろ。そして交代しろ」
「いったい何があったんです……」
 恭二が訊ねる暇もなく、山本の背後からぬうっと雅彦が姿を現した。
「んんん? そこにいるのはぁ、坂がーみくんじゃあ、ないかね!」
 真っ赤なしまりのない顔、おぼつかない足元、ゆれる上半身、焦点の定まらない目。まぎれもなく酔っ払いであった。もっと悪いことに、酔っ払った雅彦であった。
「うっ」
 この後の展開がまざまざと脳裏に映し出されて、恭二は思わず泣いた。いっそ逃げ出したかった。そんな恭二の思いをあらかじめ予想していたのか、肩にまわされた手に力がこもる。
「あきらめるんだ」
 山本の深くやさしい声に、恭二はありったけの思いを込めて、こくり、と頷いた。


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