小夜嵐

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

ほっとけ 11 


「おばさん」
「恭ちゃん、久しぶり」
 にっこりと笑った、叔母は駅前近くの花屋から出てくるところを発見した。手には、買ったばかりらしいカスミソウが握られている。
「こなくてもいいって言ったのにぃ。わざわざ来てくれるなんて、恭ちゃんて、昔から律儀よねえ」
「いえ、そんな。こちらこそ、おばさん忙しいのに呼んじゃって」
「いいのよ。顔も見たかったし」
「荷物、持ちます」
「ありがと。それ、ケーキ買ってきたの。後で食べようね」
「はい」
 他愛ないことを話しながらゆっくり歩く。このあたりからアパートまでは早足で五分ほどの道のりだ。道々、叔母一家が家移りした先の部屋が古くて虫がたくさん出ることや、それが嫌で娘が泣いてずっとぐずっていたこと、狭い空間で多人数で暮らすことの苦労と楽しさなど等、とりとめのないおしゃべりが続いた。
「それでね、慣れるってすごいことだわって、改めて思っちゃった」
「そうですねえ」
「娘なんか、たくましくなっちゃって。今じゃあちょっとくらい虫が出ても、さっさと退治しちゃうのよ。慣れるって偉大なことよねえ」
「それは、すごいですね」
「さすがに名前にGのつく大将レベルには、まだ悲鳴をあげてるけど」
「大将ですか。それ、いいですね」
「なにがよ」
「呼び方が」
「あはは」
 アパートに着くと、叔母はさくさく上がりこみ、冷蔵庫にケーキを納めた。
「さて」
 一声あげると、
「それで、仏壇がどうしたって?」
 恭二のほうに向き直った。ずっと考えてはいたのだが、いざとなるとうまく説明する言葉が出てこない。
「ええと、どうしたっていうか、まあ、とりあえず、見てください」
 叔母は怪訝な様子も見せず、仏壇の扉をすんなりと開けた。
「変わったところはないみたいだけど」
 振り返った叔母の後ろにおっさんが座っている。
「やっぱり、見えませんか」
 叔母の言動から、彼女も久賀崎のようにおっさんがみえない可能性は高いと思っていた。
 予想していたこととはいえ、がっかりしてしまう恭二に、叔母は注意深く仏壇の中を見回した。
「やだ、どっか壊しちゃったの? この仏壇、先祖代々受け継がれてきたものだって姑から聞かされてんのよ。怒られはしないと思うけど、いやあね、ちょっと、どこ壊したの?」
「あ、壊してません。そういうんじゃなくて」
「仏壇でいやらしいこと、したの?」
「してませんし仏壇でどんなことしたらいいのか見当もつきませんからそういうこと言うの止めてください」
「はいはい」
 叔母は丹念にチェックを終え、
「やっぱり、変わったところなんてないわよ……あれ?」
 と不思議そうに恭二を見た。すわ、叔母にも何か感じ取れたのか、と胸を高鳴らせる恭二の目の前に、白いものが突きつけられる。
「これ、なあに?」
 その手には久賀崎にもらったお札が握られていた。思わずがっくりと肩を落としてしまう。
「ああ、それは」
「荒神様のお札は、台所に貼るものよ」
「荒神様?」
「そう。これ、火封じのお札だもの」
「火災予防ですか」
 霊験は他にして、この場合は絶対役に立たないな、と恭二は思った。宮前は細かいことを考えず、かたっぱしから買い占めたらしい。役に立たない。が、かといって、おっさん封じのお札が売られているとも思えない。この場合、どんなお札が適しているものか。家内安全だろうか。いやまさか。
「あの、他に気づいたこととか、見えることとか、ものとかありませんか?」
「他に? なんにもないわよ」
「じゃあ、この仏壇に関するいわれとか、伝説とか、知りませんか?」
「特にないわ」
「お姑さんから聞いてたりとか、しませんか?」
「ないってば。なによ、もう」
「そうですか……いえ、なら、もう……いいんです」
 いいということは全くないのだが、見えない人間に一から説明するのはどう考えても、少なくとも恭二には不可能と感じた。いや、不可能とはいわないまでも、おっくう極まりない。
 それに、なんだかもう、面倒になっていた。
 いいじゃないか。無害なんだし、おっさんくらい、仏壇に入ってたって。
 諦めたところで、そこに安寧があるわけでもないのだが、恭二はもうどうにでもなれ、と投げやりな気分になっていた。面倒だ。なにもかももう、面倒くさい。
 だが、わざわざ仏壇に変事と聞いて来た叔母がそれで納得するはずもない。
「おかしな恭ちゃんねえ。いいから、言って御覧なさい。笑ったりしないから」
 真摯な眼差しに恭二の決意、もとい優柔不断がぐらつく。
 話すべきか話さぬべきか、それを判断するのももう、面倒くさい。
「……おばさん。あの、実は」
 ごくり、と喉がなった。
「仏壇の中に、おっさんがいるんです」
 叔母はぽかんと目を見開き、仏壇の中を見やり、恭二の顔を見て――。


←戻る  →進む

スポンサーサイト
trackback: -- | comment: -- | edit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。