小夜嵐

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ほっとけ 10 


 この土曜日が休みで、本当に良かった、と恭二は思った。山本の部屋のソファの上で体に巻きついたタオルケットを力なく振り払いながら二日酔いの頭を抱える。ブラインドの隙間から容赦なく太陽の光が降り注ぐ部屋の中には恭二ひとり。荒れ果てた空間に山本の姿はない。
 山本の会社は公式には週休二日制なのだが、非公式には大分違う待遇がなされているようだ。ビールの缶や食べかすにまみれた菓子袋の上にぽつんと「会社に行く」と書かれたメモが乗っており、その上に合鍵が乗っていた。
 のたくった文字列からみて、山本もおそらくは二日酔いだろう。
「おつかれさまでーす」
 メモに向かって合掌して、恭二はのろのろと昨夜の後片付けを始めた。昨夜は醜態を晒してしまったので、これくらいしておかないとどうしようもない。
 散乱したビールの缶を燃やさないゴミの袋に詰めながら「燃やさない」という一文には「本気出したら燃やせるけど、あえて燃やさないでいてやるよ」的な余裕を感じる、と煮えたような頭の片隅で考える。
 皿を洗いながら、バター炒めはあんなにうまいから、皿に残った溶けたバターが再び凝固したものに殺意を感じてしまうのは理不尽だよな、と反省する。
 反省ついでに掃除機もかけて、リフレッシュさせた山本の部屋を出た。シャワーを浴びて、自らもリフレッシュしたかったのだ。おっさんが居座っているとはいえ、すぐ隣に自室があるというのに、さすがにシャワーまで使わせてもらうのは憚られる。
 それに、午後には叔母が来ることになっている。嫌でも部屋で待たねばなるまい。
 自分の部屋で熱めのシャワーをじっくりと浴びた。髪を乾かしつつ、歯を磨きながら仏壇を眺める。吉岡の話の効果か、不気味さはかなり薄らいで感じた。しかし、やはり遠巻きにしてしまう。
「ああ、この一杯のために生きている」
 椅子にもたれて氷水を一気に飲み干す。正直酒よりも氷水のほうが生きている実感を伴う。二杯ほど飲むとやっとすっきりした気分になった。
 しばらく溶けていく氷を見つめていたが、やがて意を決して仏壇に近づいた。深呼吸して、扉を開ける。目は逸らさない。
「……おはようございます」
「はい、おはようさん」
「やっぱり、まだ、いらっしゃるんですね」
 おっさんはゆっくりと頷いた。
「どこにも、行きゃあせんて」
「はあ、それは、どうも」
 恭二はふいに泣きたくなって、慌てて両手を合わせ、一礼してから仏壇の扉を閉めた。
 時計は午後一時を指そうとしていた。
 携帯電話が振動する音がかすかに響く。脱いだ服のポケットからだ。通話ボタンを押すと、叔母の声が勢いよく飛び出してきた。
「あっ、恭ちゃん恭ちゃんっ、今駅についたとこ」
「じゃ、迎えに行きます」
「いいのよそんなの。お土産買って行くから、楽しみに待ってなさい。何がいい? ガンダム? ビックリマンシール?」
「ビックリマンシール、今も売ってるんですか? お土産はいいんで、迎えに行きますから」
 どうせなら、部屋から少しでも離れて歩きたいという気持ちがあったのだが、叔母は汲み取ってくれなかったようだ。
「いいって。場所知ってるんだし。じゃあ、すぐに行くからね」
 すっきりと切られた電話をしばし眺め、恭二は急いで出かける仕度をした。駅前までは無理でも、近所までは出迎えたい。それが忙しいなか来てくれる叔母への礼儀でもあろう。
 財布と携帯電話だけを持ち、サンダルに足を突っ込んで玄関を出る。青い空が目に刺さるように鮮やかだった。


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