小夜嵐

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ほっとけ 8 


 独り寂しくラーメンをすすっていると、玄関のベルが鳴った。奇跡的に伸びずにできあがったラーメンだったが、恭二は未練気もなく玄関へ駆けつける。確認もせずにドアを開けると、そこには知らない女の子が立っていた。
「こんにちは」
「あ、どうも。こんにちは」
「入っていいか?」
 後方から山本の声がしてハッとした。彼に気づかなかったのは、女の子の愛らしさに気をとられていただけではなく、山本が彼女の背後にすっぽり隠れていたせいもあった。彼女がスーパーモデル並の高身長というわけではない。標準そこそこといったところだろう。
「あ、はい。どうぞ」
 ドアを山本に任せ、部屋の脇に寄って二人を通す。インスタントラーメンの安っぽいにおいが急に気になってきた。
「悪いな。飯の途中だったか」
「いいんです。そんなの。あ、今片付けるんで」
 カップを流しに押し込んで、空気を入れ替えるために窓を開ける。夜の初めの生暖かい風が部屋へ吹き込んで来た。
「それで、その、こちらは」
「うん。今紹介する。俺の会社の先輩で、吉岡さん」
 吉岡は「はじめまして」と軽く頭を下げた。ヒールを脱ぐと山本と同じくらいの背たけだ。
 山本の先輩ということは、少なくとも二十台後半のはずだが、よくよく見てもまだ二十歳そこそこにしか見えない。にっこり笑うとできるえくぼが可愛らしかった。
「あ、どうも。坂上です」
「お話は聞きました。仏壇にお化けが出るそうで」
「え、先輩っ」
「うん、話しちゃった」
「こんな妙な話をそんな軽々しく」
「ごめんごめんご」
「謝られた気がしませんが俺はともかく、先輩が変な人に見られたらどうするんですか」
 ただでさえ地球外生命体みたいなのに、とは言わなかったが、その点に関する周囲の印象が特に心配なところではあった。
「大丈夫だったって。みんな笑ってたし」
「みんなって」
「同僚全員のいるところで話しちゃった」
「そんな大勢に……。怖がられませんでした? ていうか、変な目で見られませんでしたか?」
「うん、うけた」
 そうですか、と恭二は呟いた。うけたんだ。
 微妙に複雑な気分の恭二に、山本は明るく話しかける。
「それでだな、この吉岡さんが、似たような経験をしているっていうんで、来てもらった。何か打開策を出してもらえるかもしれないと思ってな」
「似たようなことがこの世に存在したんですか」
「みたいだな。ね、吉岡さん」
 吉岡は「お役に立てるかどうか、わかりませんけど」とのほほんと相槌をうつ。
「打開策はともかく、なんだか懐かしくなっちゃって。山本さんに頼んで、見せてもらえないかと」
「見るって……見たいんですか?」
 おっさんを?
「はい」
「懐かしいんですか」
「はい」
 どこまでもにこやかな吉岡に、恭二は毒気を抜かれてしまった。そんなに見たいものなのだろうか。見料とか取ったら儲かるかもしれない。有り難がられるかもしれない。新興宗教の始まりである。宮前ではないが、罰が当たりそうな気がして不穏な思考を振り払った。
「じゃあ、まあ……どうぞ」
「ありがとうございます」
 仏壇を勧める手振りをすると、吉岡はうれしげに仰々しく扉を開いた。中には、やっぱりおっさんが詰まっている。
 扉が開く度に、もう何度も確認しているので、恭二は驚きとか怯えを感じるのが面倒くさくなってきていた。ただ少しがっかりした。
 お札が効いていなくなっていたらいいな、という期待はもろくも崩れた。お札は依然おっさんの足元にある。封印くらいにはなってくれないだろうか。
 吉岡の後姿からは、彼女がどんなことを思ったのかうかがい知ることはできない。
 はて、いったいどうするつもりなのだろうか、と興味深く観察していると、吉岡は手を合わせ、丁寧に拝んでから静かに扉を閉めた。
「どうでした?」
 山本が、興味津々の顔で問いかけるが、吉岡は残念そうに首を振った。
「見えませんでした」
「そうですか」
 山本はちょっと困った風に唇を尖らせた。
「お二人には見えてるんですよね?」
 吉岡が小首を傾げるのに、恭二は「遺憾ながら」と肯定する。
「まあ、あれだ」
 山本が頬を掻きながら、
「とりあえず、飲もうか」
 と、右の空手にグラスを掲げるしぐさをした。


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