小夜嵐

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ほっとけ 3 


 どのくらいたったろう。
 ドアを通じて背に響く靴音に、恭二は目を覚ました。どうやら眠ってしまっていたらしい。半ば気絶していたのかもしれない。
 おそらくあの靴音は、山本のものだ。元気付いた恭二は、慌ててノブを捻り、体当たりする勢いでドアを開けた。案の定、そこには自室のドアを開けようとする小男の姿があった。
「うわ、びっくりした」
 まろびでた恭二に、さして驚いた風もなく、山本は錠をまわす手も止めなかった。用の済んだ鍵をスーツのポケットに入れ、
「どうしたんだ、そんな慌てて」
 恭二をじろじろ見て、その様子に異変を感じたのだろう、ほとんどない眉を顰めた。
 正気を保つために、顔を乱暴に洗ったせいで、シャツの胸元が未だぐっしょりと濡れている。おそらく顔色は悪いし、もしかしたら震えているかもしれない。
「その、先輩、お願いが」
「なんだ?」
「今夜、泊めてくれませんか? 緊急事態なんです。部屋に不審者が」
「なにい?」
 山本は碌に話も聞かず、上着を脱ぐと鞄と共に自室に放り込み、シャツの腕を捲り上げた。あまり穏やかではない。
「先輩、何をしていらっしゃるんですか?」
「決まったことよ。俺が追い出してやらぁ」
「先輩。ちょっと先輩」
 山本は背が低い。恭二の肩に頭がやっととどくくらいだ。その山本が恭二を見下げるように睨み付けてくる。
「おうよ。そこをどけい」
 山本が恭二の肩を押しのけ、恭二の部屋に入るとき、残していった息が酒臭かった。
「酔ってますね……!」
 慌てて追いすがると「酔ってない。ぜえんぜん酔ってない。酔ってて営業ができるか。俺は酔わないんだ」と冷静なトーンで返答があったが、内容が酔っていることを証明している。
「んん? なんだ、誰もいないじゃないか」
 山本は部屋の中央に仁王立ちになり、辺りを見回した。
「さては俺を恐れて逃げ出したな」
 ふっふっふ、と独り笑み頷くのに、恭二は「いえ、あの」と仏壇を指差した。
「そちらに」
「なんだ、こちらか。……これは、仏壇じゃないのか? こんなもん、おまえん家にあったっけ」
「おばさんからの預かりものなんですよ。改築するとかで」
「それは、おめでとうございます」
 丁寧に頭を下げる山本。耳の後ろまで赤い。
「ありがとうございます。で、ですね、仏壇の、扉を開けると、そこに」
「ほほう」
 山本は目張りを剥がすと、ためらいもせず扉を開いた。
 恭二の位置からは中が見えない。果たして、山本は何を見ているのか。数瞬の沈黙に、恭二は耐えた。やがて、山本は丁重なお辞儀をしながら、
「どうも、お邪魔致しまして、非常に失礼をいたしました」
 静かに扉を閉めて、目張りを貼りなおす。ぶれのない足取りで恭二の隣までやってくると、腕を組んで沈思黙考した。しばらく後、
「なあ、俺、酔ってるなあ」
「いえ、先輩、現実だと思うんです。俺も夢かと思いましたが、やっぱり、現実みたいです」
「いるのか」
「いるんです」
「どうしようかなあ」
「やっぱりそう思いますか」
「そう思うって、お前、どうしたらいいかなあ、あれはなあ、どうだろうなあ」
「そうですよねえ」
「とりあえず、あれは、なんだ、何が目的だ」
「皆目。それがわかれば俺も少しは落ち着けるんですが」
「そうか」
「そうなんです」
「暴れたりとかは、しないのか」
「してくれないんです。無害なんです」
「いるだけなんだな」
「いるだけなんです」
「それは、困ったな」
「困ってます」
「よし」
「はあ」
「追い出そう。とりあえず、あれだ。仏壇の中にいるってのが、あれなんだ。なあ?」
「それは、そうです」
「こう、仏壇の外に出しちまえば、ただのおっさんじゃねえか?」
「妙案ですが、怖いです」
「何が」
「なんとなくが」
 山本は呆れ返った顔で恭二を見た。
「男ならそのくらいで怖がるな! ようし、俺が手本を見せてやる。見てろ。なんだ、ちょっと仏壇に入ってるからって、いい気になりやがって、引きずり出してやる」
 妙な気炎を上げながら、山本は再び仏壇に向かった。目張りを剥がし、慎重に扉を開ける。一呼吸おいて、中の一点を睨みつける。やはりいるらしい。
「おう、あんた。他人の家の仏壇に入るってのは、どういう了見だ」
 最初は話し合いでいくことにしたようだ。
「そんなに入りたければ、自分の家の仏壇に入ればいいじゃないか。いや、焦って入らなくても、いずれ人はみな仏壇に入る。そうじゃないのか。そんなに焦ってどこへゆく」
 沈黙。
「百歩譲っておまえさんは仏壇に入りたかった、それはいい。仏壇に入る、それもいい。他人の家の仏壇に入る、それもいいだろう」
 よくない。
「だが、入るなら入るで事前にひとことあってもいいんじゃないか。あるべきじゃないのか。どうしても仏壇に入りたい、どうぞよろしくお願いしますと、挨拶があってしかるべきだろう」
 沈黙。
「おふくろさんも泣いているぞ。諦めておとなしく投降しなさい」
 山本は尽きた言葉を探して視線をあちこちにやりながら、しばらく口をぱくぱくさせていたが、
「とりあえず、出て来い。話はそれからだ」
 と切り口上に言った。
 恭二は中が気になって、そろそろと山本の後ろに回って、覗いてみた。居る。
 おっさんは、相変わらずの静かな佇まいで、小さく三角に座っていた。山本の言葉にも、表情を動かすことすらしない。
「……どこのどいつか知らないが、お前、出てこないつもりなら、力ずくでも引きずり出すぞ!」
 沈黙。
 恫喝にも微動だにしないのに焦れた山本は仏壇の中に両手を突っ込むと、おっさんを引っ張り出し始めた。が、おっさんは仏壇に吸い付いたようにびくともしない。動かざること、山の如しである。
「うぬぬぬぬ……」
 柔道黒帯の山本が顔を真っ赤にしておっさんを引っ張っている。筋肉質の腕にみるみる血管が浮き上がってきた。やがて限界が来たらしく、山本は一瞬おっさんから力を抜いた。そのとき。
「喝!」
 大音声であった。
 おっさんが、喝破した。
 山本は声こそ上げなかったが、気を抜いた折であり、尻から崩れて後ろに倒れた。
「先輩」
 恭二が駆け寄って、助け起こす。急いでその場から離れるが、やはりおっさんは追ってこない。相変わらず仏壇に納まっている。
「……不覚」
 山本は半ば呆然として呟いた。続けて、やや感銘を受けたように、
「一声だけで、この俺を転がすとは……」
「あのおっさん、やはり只者じゃありませんね」
「ああ、なかなかやるぜ、あのおっさん」
 二人の間をおっさんに対する一種の敬愛ともいうべきものが駆け抜けた。が、それはほんの一瞬のことだった。
「警察だ」
「は?」
「さっきので酔いが醒めた。お前、冷静に考えろよ。不審者がいるんだから、警察に引き取ってもらうのが筋ってもんだろう」
「ああ! その手が」
 ぱっと明るくなったところを山本に小突かれる。
「あほう。その手しかねえよ。さっさと通報しろ」
「は、はい」
 恭二は携帯電話を引っ張り出すと、一生縁がないと思っていた番号を押した。警察に助けを求めるなど、生まれて初めてである。情けないことに、緊張で指に震えが走る。
 数コール後、事務的な声が「事件ですか? 事故ですか?」と問うてきた。この場合、まあ、事件だろう。
「事件です。不審者が、部屋に……居座って、出て行ってくれなくて、ですね、その、ご協力を」
 喋っているうちに、自分が何を警察に求めているのかわからなくなる。もちろん助けを求めているのであるが、警察官が一人二人来てくれたからといって、あのおっさんをどうこうできるものだろうか。大の男二人(内一人は役立たずであるが、山本が二人分あるために二人としても差し支えなかろう)がかりでなんともならなかったものを。ましてや、警察の権力が通用するような相手には見えない。
 そんなことを考えているうちに、言いよどんでしまう恭二を励ますように、警察からの声は住所等の必要事項を聞き出し、告げた。
「すぐそちらに駐在員が向かいますので、待機してください」
「はい。よろしくお願いします」
 そして通話は切れ、しんとなった携帯電話を、恭二は軽く握り締めるのだった。


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