アンドロイドとみかん箱の関係について 5


 学校は家から自転車で三十分のところにある。
 自転車に乗り込む和也の後に付き従うようにするアイリーンに、まさかついてくるつもりじゃないだろうな、と冗談半分に言うと、
「はい、わたくしは和也様に付き従いとうございます」
 と真面目な答えが返ってきたので和也はハンドルの間に頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?」
 痛む額をさすりながら、アイリーンの心配は無視して命令する。
「いいか。絶対についてくるな」
 しかし彼女は了承しなかった。
「わたくしは和也様のそばにいとうございます」
「いや、だからな、ついてくるな、て言ってるんだよ」
「わたくしは和也様のお役にたちたいのです」
「嫌がらせか? 嫌がらせなのか? 俺が何か気に障ることでもしたか?」
 何が何でもついてきそうな彼女に、和也は半ば泣きそうになった。こういう展開は予想していなかった。昨日の様子からすれば、家でごろごろしているだろうと軽く見ていたのだ。まさか学校についてきたがるなどとは、予想もしなかった。
 メイド服のアンドロイドにストーカーされるのは、未来から来たターミネーターに狙われるのとどちらが恐ろしいだろうか。和也にはわからなかった。この場合、身体的生命に危機はないが、社会的生命が危ない。
 腕時計を見ると、もう十時を回っている。
「あああ、もう行かないとやばい。いいか、ついてくるなよっ!」
 言い捨てるようにして、自転車をスタートさせた。登校時間を過ぎているせいか、いつもより人が少ない道を、いつも通りに漕ぐ。坂に差し掛かり、ペダルがぐんと重くなるのを体重をかけて押さえる。もうすぐ下り坂になるな、というとき、背後に気配を感じた。より正確にいうと、全力疾走する足音を聞いた。
「気のせい、気のせいだ。俺ったら昨日寝不足だから幻聴だ」
 実際は寝坊したおかげで睡眠時間に関してはいつもより多いくらいなのだが、和也はがんばって現実から逃避した。全力で自転車を漕ぐ。背後の足音からをも逃れるように、必死になって漕いだ。
 が、足音は止まない。それどころかくっきりはっきりと和也の耳に「どっどっどっど」という音を届けてくる。マラソン大会が近いアスリートの練習とかち合ったのではないかという甘い希望は途絶えた。アスリートは、こんな馬が駆けるような重量感溢れる駆け音は出さない。
 嫌な予感と共に振り向いて、それが的中したことに慄いた。
 自分のやや後ろを、メイド服を着た女が髪を振り乱しながら疾走している。
「あっ、うああああああ」
 叫び声というには低すぎる声は、アイリーンの存在よりも自転車のハンドル操作を誤ったことに対して発せられた。
 自転車を走行中、余所見をするのは大変に危険である。
 折りしも下り坂に差し掛かったころ。
 和也は自分の過ちを噛み締める表情のまま自転車と共に坂を転がり落ちたのだった。
「……いってぇ……」
「大丈夫ですか、和也様」
 アイリーンが和也の上から自転車をどけてくれた。
 和也は痛む体を起こす。彼と自転車と彼女は坂の半ばほどに蹲っていた。どうやら最後まで落ち切らずにはすんだらしい。
「お怪我はありませんか」
「平気だ。ちょっとぶつけたくらいで……」
 埃にまみれた制服のあちこちを払ってくれるアイリーンの甲斐甲斐しさに、和也は却って怒りを煽られた。
「お前何でついてくるんだ? ついてくるな、て言ったよな、俺」
「申し訳ありません。でも、わたくしは、もっと和也様のことを知りたいのです」
「キモッ!」
 残酷な一声に、アイリーンはわずかに身を引いた。
 心なしか青ざめたように見える彼女に、和也の中に反射的な罪悪感が湧き上がる。
「……も、申し訳ありません。そこまで、お嫌だとは思いもよりませんでした。部屋に戻って、大人しくしております」
 蒼白な顔も哀れげに、悄然と立ち上がり、とぼとぼと家路を辿るアイリーンに、かける言葉を探して、何も思いつかない自分に、焦燥感も加わった。
「あ、アイリーン」
 思わず呼びかけたが、言葉に詰まって沈黙が訪れる。
 彼女は立ち止まったものの、振り返らない。
 和也は必死で考えた。この場合何と言ったらいいものか。大体、いきなり「お役にたちたい」「あなたを知りたい」と言われて戸惑わない男子高生がいるものか。一体どうしたらこの場が丸くおさまるだろうか。ぐるぐる回る頭の中で、アイリーンがとにかく何かをしたがっている、ということだけはわかるような気がした。
 アイリーンにできること。和也のためになること。
「悪いけど、俺が帰るまでに、掃除と洗濯、しといてくれるか。そしたら、俺、すごい助かる」
 やっとそれだけ言えた。
 アイリーンはゆっくりと振り返って、「はい」と小さく返事をした。


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