小夜嵐

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鰐と乾物屋 39 

 せっかくだから散歩気分で行こう、と、鳥の声に耳を澄ませながらのんびり歩く。
 暖かい日差しは汗ばむほどだが、木々が多いからか、折々にさわやかな風が吹いてきて、肌を冷やしていってくれる。足元の雑草も可愛らしく、柔らかな草が時折足首をくすぐって好もしい。
 土と草の匂いをつけた湿気を含んだ空気で胸をいっぱいにすると、わたしもその辺に生えていたくなる。しっかりと大地に根を張って、風に揺れながら生きたり死んだりしてみたい。
 埒もないことを思いながらほにゃほにゃ歩いていると、わき道が見えてきた。
 村山さんからは一本道の曲がり道、茂くんからは何本もの分かれ道と聞いていたので、わたしの場合は何道になるのだろう、と少々胸をときめかせながら、寄り道をしてみることにする。
 もしかしたら、村山さんもこの道を行ったかも知れないし、と、木立に手をやったりしながら低い下草を踏んだ。
「いらっしゃい」
 突然声をかけられて、わたしとしたことが少しく心臓を躍らせてしまう。
 真横を見ると誰もいない。左右を見た後で、下なんだろうなあ、と悟った気持ちで目線をずらすと、やはり居た。
「お客さん、見ない顔だね」
 それはヤモリであった。
 木立の間に、細かい石を積み上げて作りあげた城の、地面に触れるような入り口に腹ばいになって肘を頬についている。それなりに奥行きはあるものの、まるで蟻塚のような、木々を飲み込んで同化したような色と形をしているので、うっかり気づかなかった。
 ヤモリはにこにこと、細い瞳を挟むように瞼をぐにゃりと動かした。
 おっと、わたしも挨拶をしなければ。
「どうも、はじめまして」
 ああ、慣れてしまった。わたしはなんともいえない感覚を持て余してしゃがみこんだ。腰を抜かしたわけではない。ヤモリに目線を合わせるためだ。
「新顔さんかな?」
「はあ、そうでしょうか。人を探しに来たんですが」
「誰のことかな?」
「村山さんというのですが……ご存知ですか?」
「ああ!」
 ヤモリは俊敏な動きでしゅるりと穴から出ると、入り口の上に腰掛け、足を組んだ。皮の袖なしジャケットを身に着けていて、片手に持ったカウボーイハットをくるりと回して被る。けっこうカッコイイ。
 目線がずいぶん上になってしまったので、わたしも立ち上がった。これでちょうど顔を合わせられるくらいだ。
「人形のばあさんのとこの若造か。この前連れられて挨拶に来たよ。いなくなったの?」
「そうなんです。こっちには来ませんでしたか?」
「そうかあ。仕方のないことだね。まったくもう。根性が足りない」
「そんな昭和な。行方不明と関係ありますか?」
「あるねえ。大有りだね」
「見つかるでしょうか」
「そりゃあ、見つかるよ。見つけようとすればね」
「それは、よかった」
 ヤモリはぐっと顎を下に入れてわたしを見た。きらきら輝く瞳が宝石みたいだが、口が大きくて頭を飲まれそうな予感にちょっと不安になる。
「ふうん」
「こっちの道には、なにかありますか?」
 奥に続く小道を指差すと、「ないよ」という答えが返ってきた。
「あんたの欲しがるもんはなさそうだ。もと来た道へ行きな。煙草買っていくかい?」
 このお店は煙草屋さんだったのか。そういえば、下草に隠れて見えにくかったが、入り口の脇に煙草の絵の看板が錆ついている。
「キセル用ですか?」
「それもあるよ。シガレットも葉巻もなんでもあるよ。上等のが揃ってる。あんた、煙草はやるのかい?」
「いえ、わたしは……でも、店長が吸ってたなあ。少し貰っていきましょうか」
 ヤモリはちょっと飛び上がるとくるりと体を回して店の中へ吸い込まれていった。と思うと、にゅっと手が出て、「そっちから入りな」と指が木立の奥を示した。
 木々を回り込むと、なるほど、「入り口」と書かれた指示板がかかっている。そこにはわたしの背丈くらいの、洞穴のような穴に、燻されたような味わいのあるドアがついていた。おそるおそるノブに手をかける。引っ張っても開かなかったので、押すと開いた。洋式らしい。そういえば洒落た帽子を被っていた。西洋かぶれのヤモリなのかもしれない。
 店内は薄暗く、天井の明り取りから光が差し込んでいる他には、あちこちに間接照明が掲げられていた。驚いたことには、店の中にも木が生えている。木を切らずに、取り込んだまま店を作り上げたみたいだ。不思議に涼しくて乾燥している。
 カウンターの中では、ヤモリがたくさんの小箱を弄り回していた。
「なにがいいかなあ」
「予算千円くらいで、店長好みのものを」
「よしきた」
 いつものと同じじゃ面白みがないから、ちょっと変わったのにしよう、あのひとは好みがうるさいからなあ、などと楽しげにしっぽを振りながら、丁寧に葉を吟味してくれる。
「ようし、これがいい。きっと気に入るよ」
「ありがとうございます」
 小さな紙袋にラッピングが施されて、シンプルながらとてもかわいらしい。
 支払いをしながら、気になっていたことを訊いてみた。
「あの、このお店、面白い造りですね」
「私の好みなんだけどね、なかなかいいだろう」
「はい。とても。でも、木が成長したら崩れたりしませんか?」
「崩れるよ。もう何度も崩れたねえ」
 その言葉に、思わず天井を見上げる。崩れたような痕跡は見当たらないけれど。そんなことでよいのだろうか、という疑問が顔に出たらしい。
「いいんだよ。崩れたら作り直せばいいし、崩れる前に処置をすれば、崩れなくてすんだりする。いずれにしろ、たいした問題じゃない」
「そういうものですか」
「そういうものだったんだよ」
 ヤモリは大きな口から、チロリと舌を出した。
「まいどあり」
 またいらっしゃい、という声に送られて、店を出る。
 木漏れ日がやけにまぶしくて、目に沁みるようだ。
 煙草屋の奥の小道を見返って、ちょっと迷ったが、ヤモリのいうとおり、もと来た道へ戻ることにした。


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