小夜嵐

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

鰐と乾物屋 30 

 土曜日が来たので、わたしはタッパーにたっぷりとから揚げとおにぎりを詰め込んで駅まで出かけた。
「よっす」
「ども」
 茂くんは元気そうで、前と変わらず自転車を携えているが、前に会ったときよりも畏まった感じがした。
「……何かあった?」
「いや、別に」
 迷子になったことが恥ずかしいのだろうか、ふれてあげないことが優しさかな、とわたしは努めて話題を変えることにした。
「今日はから揚げ作ってきたよ。お昼にみんなで食べようね」
「え、マジ? やったあ、から揚げ大好き!」
 素直でたいへん可愛らしい。
「おにぎりはねえ、しゃけとたらこと梅干なんだけど」
「俺しゃけ! しゃけ俺のな!」
「はいはい」
「兄ちゃんは梅干好きだから」
「へえ、そうなんだ。じゃあわたしはたらこにしようかな」
 などと話しながらどんどん歩く。
 わたしは女性にしては大またで、歩くのが早いといわれる。男性と歩いていてもついていけなくて大変な思いをしたことはない。たとえスカートであろうとも、裾を気にせずばっさばっさ歩く。これだから彼氏ができない。……のだが、本日は何か勝手が違う。
 茂くんが遅れがちで、わたしが歩くスピードをしょっちゅう調整しなければならない。この前並んで歩いたときはこんなことはなかったのだが。もしかして、女の子扱いされているのだろうか、と不安になって振り返る。
「足でも痛いの? 自転車漕ぐので疲れた?」
「……別に」
 筋肉痛でも抱えているのかと思ったが、違うようだ。
 なんだろうなあ、と考えながら駅前から住宅街へとのんびり歩いていたら、意外な人物にばったり出くわした。商店街を抜けようとしたときのことだった。
「やあ」
「あ、木野崎さんだ……こんにちは。……よく会いますね」
「そりゃあねえ。会うよねえ」
「はあ」
「なあ、誰? このおっさん」
 木野崎さんがイラっとした空気を発散させる。わたしは穏やかに、
「お兄さんと言いなさい、茂くん。一緒の会社の方です」
「ふうん」
 どうしていいのかわからない沈黙が流れた。茂くんを何と言って紹介したものか。だいたい、この場合、紹介するなら茂くんを先に紹介すべきだった。これでは木野崎さんのほうがわたしと親しいようではないか。
「……で?」
「はあ。ううん、ええと、友人の弟さんで、茂くんです」
 我ながら、変な紹介の仕方だ。
「友人って……例の彼氏?」
 いや、ですからね、それはもう……ああ面倒くさい人類の額にスイッチがあればいいのに。押したら記憶が消去されるスイッチがあればいいのに。そしたら会社の人たちのスイッチ押しまくってやるのに。
 とぶちまけたい気持ちをひっそりと抑えた。
「彼氏じゃないですよ。どこまで噂が広がってるんですか」
「別に、俺が流したわけじゃないし」
「そうですか」
 そんなことはどうでもいいのである。
「じゃ、ちょっと行くところがあるので……これで失礼します」
「行くところって……デート? 家族公認で?」
「……関係ないでしょう」
 斜め後ろで茂くんがびくっとした。
「ほら、茂くん、行くよー」
「はいっ」
 なぜかしゃきしゃきと歩き出す茂くんに続いて、わたしはぶらり大地を踏みしめるのだった。


戻る←  →進む

スポンサーサイト
thread: オリジナル小説 | janre: 小説・文学 |  trackback: -- | comment: -- | edit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。