小夜嵐

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鰐と乾物屋 26 

 話し合いは思いがけず長引いていた。
「なあ、いいだろ? 迷惑かけないし、手伝いもするからさあ!」
「そんなこといったって、おまえまだ中学生なんだし」
「もう高校だし! なんなら高校行かずに働くし!」
「だ、だめだって! 高校は行ったほうがいい、と思う」
「自分は学歴関係なくなってんじゃん! 俺だって働けるよ」
「いや、ここは従業員募集してないから、もう店員オーバーだから」
 村山さんが嘘をついている。事情を知っていると、慌てふためきようが嘘まるだしなので、却って正直者に見えるのだが、茂くんにはまだわからないようだ。少しひるんだようだったが、すぐに意志を強くした表情が見て取れた。
 説得が一般論のワンパターンなのも災いしたようだ。
「勉強しないと、将来後悔するから、ダメだよ。高校は卒業しよう。な?」
「勉強はしてもいい、けど、もうあの家に居たくない」
「……茂ぅ」
 時計を見ると、もう三時をまわっている。
「あのぉ」
 二人に左右から顔を向けられて、思わず身がすくんでしまう。
「家族のお話みたいですし、わたしはそろそろ、おいとましたほうがいいかな、と」
「あ、いえ、そんな。お気になさらず。居てくださっても構いませんし」
 いつもは気が回る村山さんも、頭に血が昇っているらしい。帰りたいというわたしの意を汲んではくれなかったようだ。
「俺は帰らないぞ。兄ちゃんがここに居ていいって言うまで絶対帰らない」
「そんな、なあ、……うう」
 ああ、そろそろお客が入ってくるころなのに、と村山さんが頭を抱えて食卓に突っ伏する。食卓の半分以上が村山さんの頭部で覆われた。改めて見ると、長いな。
「客? なら、俺も手伝う!」
「……ダメなんだよー。おまえには無理だ」
 ああ、そういう言い方は、こういうときにはしてはいけないのに、と隣で気を揉んでしまう。案の定、茂くんはむっと口の端を下げて、更に闘志を燃やしたようだ。
「やれるって! 俺だってバイトくらいできるし!」
 客層を考えると、それはどうかな、と首を傾げざるを得ない。わたしでさえ書き入れ時には店を避けているのだ。現実と非現実が交差するこの店で、非現実の繁盛に対応できるほど、わたしの心はまだ強くない。
 茂くんは、おそらく使い物にはならないだろう。ショックで寝込んでしまうかもしれない。そんな面倒くさいことには、非情なようだがつきあいたくない。
 それに、とわたしはあることに思い至った。
 この店に茂くんを連れてきたのはわたしであること。店内では携帯電話が圏外になること。外部との連絡手段がハガキしかないこと。
 このまま茂くんがここに居座った場合、わたしは誘拐犯もどきになってしまう。その可能性は充分にある。
「いかん」
「え?」
「なにが?」
 二人がわたしに注目してくれる。すかさずわたしは茂くんに、「今日のところは、帰りましょう」と声をかけた。
「やだよ! なんであんたが口挟むんだよ」
「わたしにはあなたをここまで連れてきた責任というものがあります。他人とはいえ、同じ釜のドリアを食べた仲でしょう? ここはひとまず引き下がりましょう、ね?」
「……だって」
「また来ればいいじゃない。いきなり来て、いきなり居座るのは変だよ。しばらく通ってみて、おいおい決めていったほうが、自然だよ」
「……それ、なあなあでぐずぐずになるだけじゃねえの」
「世の中そんなもんだよ。中卒で働くんなら、それくらい体得しないと」
「たいとく」
「そうそう。体で覚える」
 なにやら唸りながら考え込んでしまった。この年頃は、本当に真面目だ。
「……茂」
 村山さんが正座した膝にきちんと手を置いている。
「ええとな、佐藤さんがおっしゃるとおり、ちょっといきなりすぎるよ。兄ちゃんにも都合とか、考えたいこととか準備したいこととか、いろいろあるから、もう少し時間をくれないか?」
 茂くんは、こちらも正座してむっつりと膝と食卓の間の空間を睨みつけている。頭では理解できるが、感情が許さない、というやつだろうか。じれったいほどの時間をかけて、ようやく答えが出される。
「……わかった。今日は帰る」
 隣から安堵のため息が長々と聞こえてきた。ここでわたしまでほっとしてしまったら、茂くんに気の毒なので、軽く肯いておくにとどめた。
「じゃあ、時々遊びに来るといい。道わかるな?」
「……うん。恵に教わったから」
「……佐藤さんのことは佐藤さんと呼びなさい」
「えー、いいじゃん、恵で。恵だろ? なあ恵」
「もう別にいいけど」
「ほーらな、恵でいいじゃん」
 隣からうぐぐ、とくぐもった音が聞こえた。


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