小夜嵐

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鰐と乾物屋 22 

「だ、誰? ていうか何? 何そいつ」
「誰って、あなたのお兄さんですよ」
「違っげーよ! 絶対違げーよ! 俺の兄ちゃんはもっとカッコよかった!」
「いやあ」
 後ろ頭に手をやって、なにやらもじもじする村山さんだったが、「お前じゃねーよ!」とツッコミを入れられてしょぼんとうつむく。村山さんはうつむく動作が本当に似合うなあ、と観察していたわたしだったが、ぐいとスカートを引っ張られて慌てて引っ張り返した。
「ちょ、やめて。脱げる」
「帰る! 帰せ!」
「落ち着いて。いくらなんでも慌てすぎだよ」
「お前は慌てなさすぎだよ! ちょっとくらいあたふたしろよ!」
 スカートから手を離してもらえないので、早く安心させなければ、と茂くんの横にしゃがんで肩に手をかけた。ぽんぽん、とやさしく叩いてみる。
「大丈夫、大丈夫」
「嘘つき!」
「ひどいな、何を根拠に」
「大丈夫じゃないだろ、俺の兄ちゃんどこだよ」
「だから」
 指で指すのは失礼なので、手のひらを上にして、すっと村山さんを示す。だが茂くんは兄と認めてくれなかった。
「アレは違う。俺の兄ちゃんは人間だった」
 ショックだったのだろう、村山さんは両頬に手を当ててムンクのような表現になろうとしたのだろうが、残念ながらコミカルが過ぎて妙にお茶目な雰囲気を醸し出すにとどまった。
 しょうがないなあ、とわたしはため息を吐きつき、茂くんの耳にこっそりと「あれマスクだから。でも言わないであげて」と囁いた。
「へ? なんで? ほんとに?」
「大人にはいろんな事情があるんだよ」
 ここで思い付きを耳打ちすることにする。「実はね、あれ、乾物屋さんの制服なの」ここはコスプレ乾物屋さんなんだよ、と。
「えっ……そうなの?」
「そうそう。だからね、そんなに驚かないでね」
「いや、驚くけど……なんだ、そういうことか」
 意外と素直に納得してくれて助かった。そういえば、村山さんが言っていた。ちょっとバカだけど、素直ないい子だった、と。
 今もその性質は残っているらしい。
 とにかく中へ、ということで、わたしは茂くんを立たせて尻を払ってやった。
「やめろよ」
「はい、行くよ」
 まだぶつくさいうのを置いて、勝手知ったる乾物屋さんの奥深くへと分け入った。
「台所お借りしますね」
「あ、はい」
 バッグからタッパーを出してテーブルの上に用意する。焼くだけ、暖めるだけの簡単なものなのですぐに食べられる。ごはんは村山さんが炊いていてくれるということだった。彼を信用しないわけではないが、一応、念のために、炊き上がりを確認しておくことにする。
 炊飯器はすでに保温になっていた。蓋を開けると、ふわふわした白い湯気が上がる。うん、なかなかよろしいんじゃないでしょうか。そういえば、以前いただいたときも、ごはんはよく炊けていた。味噌汁に味噌しか入っていなかったからって、疑ったりして悪かったなあ、と反省しながら、しゃもじでざっくりとかき混ぜ、少しすくって味見してみる。
 ごりん、という幸せから遠い音がした。
 生麦生米生卵。麦を炊くときは水加減はそんなに気にしなくてもいけるけど、卵は生でも食べられるけれど、この中で唯一米だけは、米だけは生ではいけない。どうにもならない。なのに。
「村山さん」
 居間に行ってみると、といっても三歩の距離ではあるが、村山さんが茂くんと向き合って座りながら沈黙していた。
「何やってるんですか」
「佐藤さーん」
 泣きそうな声を出されて、兄としての威厳を心配してしまう。茂くんはぶすくれた顔でそっぽを向いている。会いに来たものの、久しぶりすぎてまだ打ち解けられないらしい。おまけに、見えるのは懐かしい兄の顔ではなく、ワニの顔だものなあ。
 ああ、韻を踏んでしまった。
「お話進みましたか?」
「それが、その、久しぶりなので」
「それはともかく、お米に芯があるんですが……」
「あ、またやっちゃいましたか……」
「また?」
「気をつけてはいるんですが、何回かに一回は芯が残っちゃって。すみません。ごはんはなくても」
「……いつもはどうしてるんですか? 芯が残ったごはんを」
「食べますよ」
「そのまま?」
「そのまま」
「それは、消化とか大丈夫なんですか? 胃が痛くなったりしません?」
「しません」
 村山さんのおなかは予想以上に頑丈らしい。かなしみを通り越して、たのもしさを感じさせられる。
「……ええと、冷蔵庫覗いたら、チーズがあったんで、使わせてもらっていいですか? 白ごはんじゃなくて、ドリアにしましょう」
「ドリア! あのごはんでできるんですか?」
「ええ、まあ、なんとか」
 村山さんに尊敬のまなざしで見つめられて、全身がむずがゆくなってきたので、「じゃ、近況でも交換しててください」と台所に逃げ帰った。


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