小夜嵐

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: -- | edit

鰐と乾物屋 21 

 村山さんの弟さんと待ち合わせたのは正午少し前だった。乾物屋近く、つまりわたしのアパートの近くの駅を指定させてもらった。ご両親に教えなくてもいいのかなあ、と常識が頭をかすめるが、実の兄のところに連れて行くのだし、了解はとってあるし、と自分を納得させる。
「あれ、自転車?」
 電車を使わなかったのだろうか、弟さんは自転車を押してパーキングエリアで所在なさげにしていた。
「切符高いもん。小遣いないし」
「ああ、中学生だっけ」
「トシは関係ない。親が厳しいから」
「そっか。ごめんね」
「別に。けっこう近いし」
 そっぽを向いてしまうのに、「じゃあ行こうか」と声をかけて歩き出す。
「すげえ荷物じゃん。何それ」
「これは君たちのお昼ごはんです」
「え、マジ? 何? 何それ」
「チキンソテーとガンボスープ。ごはんは村山さんが炊いてくれてる……はず」
 ふと不安が湧いてくるが、この前いただいた炊き立てごはんを思い出して心を落ち着かせる。きっと大丈夫。炊飯器があるんだもの。大丈夫。
「何それ。うまいの?」
「まあまあかな。量はあるよ」
「やったあ。俺すげえ食うよ」
 やはりそうきたか。想定どおりのリアクションに、思わず顔がほころんでしまう。
「カゴ使う?」
 突然言われて何のことかと思えば、少年はわたしのバッグを見ながら自転車のカゴを指している。
「いいの?」
「いいよ」
 半ば強引にバッグがカゴに詰められる。ぎりぎり入ってよかった、と少年が得意げな顔を見せるので、頭を撫で回したくなって困った。
「そういえば、名前聞いてなかった」
「ああ」
 村山茂、とぼそっと名乗ってくれる。
「しげるくんかあ」
「その名前嫌いなんだよな」
「そう? 可愛いじゃない」
「うえ、どういうセンス」
「ちょっともっさりしてるけど」
「いうなよ。嫌なやつだな、お前は何」
「名前? 佐藤恵です」
「さとうかよ。甘そー。アリとか集ってくんじゃねえの」
「うわ。その使い古された感じ。やめてください。小学生ですか」
「なんで敬語に戻ってんだよ。そっちこそやめろよ」
 ほっぺたを赤くして軽く蹴りを入れてくるのを避けながらいつもの路地へ向かう。住宅街に突如出現した獣道に、茂くんはとまどいを隠さなかった。
「なんだこれ。ここほんとに道?」
 二人並んでは歩けないので、わたしが先導する形で茂くんを追い越して歩いた。
「なあ。ここ、入ってっていいの?」
 あんまり狭い道なので、不安になったのだろう、茂くんは心細そい声を出した。
「大丈夫。何度も通ってるけど、人に会ったことないし。ほら、周りは全部塀でしょ?
 ひとさまのおうちを覗くようなこともないから、通行するくらいは許されると思うの」
「自分に言い聞かせてないか?」
「そんなことないよ。ちょっとした一方通行の迷路と思えば、スリル満点」
「罪悪感はあるんじゃん」
「あ、ほら、ついた。あそこが乾物屋さんだよ」
 指を指す。板塀が切れた辺りに、いつも通りの乾物屋が黒くわだかまっていた。
 下草を踏み分けて、軒先を目指す。草も踏まれ続けるとそこに道ができるのが常だと思うのだが、一向に道ができる気配がない。夜は繁盛するようだし、まったく客がないというわけでもないらしいのに、妙なことだ。さすがに店の周りは開けているが、店を囲うように雑草が繁茂して切れることがない。
 草が邪魔で、自転車は路地にとめてくるしかなかった。チェーンをかけられる場所がなかったので、盗難を気にしてか茂くんはさかんに後ろを振り返っている。
「おい、この店、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ」
 何についての大丈夫かは知らないが、ややこしいので即答しておく。
「こんにちはー」
 店先から声をかけると、村山さんがガラス戸の向こうからおずおずと姿を現した。
「こんにちは」
 茂くんは腰を抜かした。


戻る←  →進む

スポンサーサイト
thread: オリジナル小説 | janre: 小説・文学 |  trackback: -- | comment: -- | edit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。