小夜嵐

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鰐と乾物屋 15 

 そもそも、弟さんと接触すべきではなかった。慎重に行動することを決めたはずなのに、大失敗だ。しかし本人確認をしないでどうやって弟さんの安否を判断すればいいのだろう。
 少年に捕まり、近くの公園へ連行されてもの思う。
 わたしはベンチに腰掛け、少年はわたしの前に仁王立ちになって威嚇していた。
「さっさと話せよ」
「……何をでしょうか……」
「兄ちゃんが今どこにいるのか、話せ」
 うぅん、困った。村山さんにいいつかったのは、「弟が元気でいるかどうか」の確認だ。その用件はもうすんだ。充分元気だ。しかしこの質問は、どうしたものか。
 村山さんの様子からして、話してもいいような気はする。が、何か事情があるのであれば、村山さんの居所について安易に教えることは、わたしの立場ではでしゃばり過ぎのように思える。
「……どこからどこまで話せばいいのか……」
「イチからジュウまで話せ」
 なかなかの詰問振りである。刑事か弁護士になれる資質がある。
 もういっそ、逃げてしまおうかな、それとも知らぬ存ぜぬで通すべきか。それも一つの手ではある。あるが……。
「村山さんは、乾物屋さんで働いてますよ」
「カンブツや?」
「お元気です」
「カンブツやって何だ」
 この年頃になると、もはや乾物屋は死語になるものか。
「乾物を商うお店です」
「カンブツって何だよ。やばいもんか?」
「……やばいかなぁ……。干物とか、煮干とか、昆布とか。乾燥した食べ物のことですね」
「やばくないじゃん」
「ですね」
 少年の肩から力が抜けていく。
「元気なんだな?」
「とっても」
「そっか……」
「……あなたのこと、心配してましたよ」
 途端、少年の顔に血が上るのがわかった。
「何だよそれ! いきなり出ていって、いなくなって、心配してんのはこっちだっつーの!」
「あー……、何ていうか、すごく忙しいみたいで……」
「電話くらいできるだろ、普通」
「ごもっともです……」
 少年はわたしの前から隣へと移動した。ポケットに手を突っ込んで、ふてくされたようにベンチに腰掛ける。
「あんた誰だよ」
「佐藤と申します」
「兄ちゃんの女か?」
「柄悪っ。もしかして最近、サスペンスとかに嵌ってない? それとも不良もの?」
 図星だったのだろうか、唇を尖らせる様子が幼い。
「そんなことどうでもいいだろ。あんた兄ちゃんの何なんだよ」
「えーと……。常連さん? お店のお客ですね」
「お客が何でこんなとこに来てんだ」
「だから、村山さんに弟さんの様子を見てきてほしいって頼まれて」
「あんた、店の場所知ってるんだな?」
「それはまあ」
「連れてけ」
「……は?」
「連れて行け、て言ってんだよ。兄ちゃんに会わせろ」
 どうやら泥沼に嵌ってしまったらしかった。


 それから三十分、公園で押し問答が続いていた。
「ですからね、一度出なおして、また来ますから」
「そんなの信用できるかよ。今すぐ連れて行け!」
 つくづく自分のうかつを悔やむ。せめて、せめて乾物屋の電話番号くらい聞いておけばよかった。それならば、村山さんに電話して判断を仰ぐこともできたろうに。
 これが仕事ならば自分の裁量で事務的に片付ければいい。しかしことは個人間、ひいては家族間の問題に繋がることである。わたしに口を出す資格があるはずもない。更に相手はビジネスライクな大人ではなく、頑固な子供である。
「中学生を連れまわすわけにはいきませんって」
「自分の兄貴に合いに行って悪いのかよ」
「保護者の許可がないと」
「うるっせえなぁ」
「知らない大人について行ったらダメなんですよ。ほら、アメあげるから諦めてください」
「……普通逆じゃね?」
「とにかく、ダメなものはダメです」
 アメで頬を膨らませながら、少年はむっつりと黙り込んだ。わたしを説得できないと、やっとわかってもらえたのだろう。
「じゃあ、またご連絡しますから。今日はこれで」
「待てよ」
 少年は二つ折りの携帯電話を取り出した。
「お前の番号教えとけ」
「……まあ、いいですけど……」
 番号を教えると、すぐさまわたしのバッグから音楽が鳴り響いた。少年はふん、と鼻を鳴らし、「今日はこれで我慢してやる」と言って勢い良く携帯電話を閉じたのだった。
 自転車に乗って行ってしまった少年を見送って、よぼよぼと立ちあがる。村山さんに顛末を報告しなくては。あまり喜ばれないような気がして、小さくため息を吐いた。


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