小夜嵐

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鰐と乾物屋 14 

「いや、ひどい目に合いました」
 店長が所要に出てしまうと、店にはわたしと村山さんが残された。
「仲が良くってうらやましいです」
「でも、今日はたぶん昼休みなしですよ……店長怒ってたからなあ。当分帰ってこないだろうし」
 ため息を吐く村山さんに、ご恩返しのつもりでこう提案する。
「じゃあ、わたし店番してましょうか?」
「えっ、そんな、いいですよ。佐藤さんに店番なんて」
「そっか、頼りないですよね……」
「いえそんなつもりじゃっ」
「それじゃ、買い出しとかあったらわたし行きますんで、遠慮なく言ってください」
「はあ……」
 村山さんはちょっと逡巡して、やがて心を決めたように、
「あの……ではですね、様子を見てきて欲しい人がいるんですが……」
 そう言うと、おつりを入れている籠から、チラシを手の平サイズに切ったメモ用紙の束を取り出した。そこに何か書きこむと、その紙をわたしに手渡す。見ると、ここから少々遠いところにある住所だった。
「弟がいるんです。今年十五歳になるんですが、しばらく会ってなくてですね、ちょっと気になっていて……元気ならいいんですが」
「本当に忙しいんですね……」
 忙しいだけが会えない理由とは思えなかったので、余計な詮索はしないことにした。
「でも電話くらいなら」
「勘当息子なもので」
「すみません。余計なことを」
「いえ。元気だったら、それでいいんです。お願いできますか」
「もちろんです」
 わたしは慎重に行動しようと心に決めた。


 メモを持って、一旦家に帰る。シャワーを浴びて、着替えを済ませると、すぐに指定された住所に向かった。
 土曜日の微妙に混んだ電車から下りてすぐ、駅の近くの地図を参照したのだが、大体の位置しかつかめなかった。えんえん迷うのが嫌だったので、素直に交番へ行って詳細な地図で住所を教えてもらう。駐在のおまわりさんが親切な人だったので、得をした気持ちになって意気揚揚と目的地へ向かって歩き出す。
 なのにどうして迷うのだろう。方向オンチの哀しい性である。
「スニーカーで来て、本当に良かった……」
 己を良く知る自分に感謝しつつ、住宅街をさ迷い歩く。村山。村山さんのお宅はどこですか。同じ道を何度行きつ戻りつしたかわからなくなってきたころ、中学生くらいの自転車を押す少年を見かけた。どことなく、誰かに似ている。
「あの、すみません」
「……は?」
 少年はつっけんどんに応答をくれた。
「村山さんっていうお宅を探してるんですけど、ご存知ないですか?」
「僕んちだけど」
「え?」
「僕の家、村山」
 僥倖である。これも日ごろの行いがいいおかげだ。しかしこの村山さんがあの村山さんの家だとは限らない。村山違いをしてミスをするわけにはいかぬ。
「あなた、お兄さんいらっしゃいます?」
 ワニの、と問い掛けたい自分を自制する。一番の特徴を言えないのは辛いが、一般的にそんな質問はしてはいけないような気がする。ここに来て、村山さんの名前を聞いておかなかったことが悔やまれた。せめて弟さんの名前を聞いておくべきだった。説明する単語が異様に少ない。
 しかし少年は、そんなわたしの苦境を救うような反応をした。
「兄ちゃん……!」
 やはりこの少年が村山さんの弟さんだろうか。ほっとした矢先、少年は再びわたしを苦境に落とす質問を返してきたのであった。
「兄ちゃん、今どこにいるんだよ?」
「へ?」
 村山さん、説明不足だと思います。


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