小夜嵐

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鰐と乾物屋 13 

「……ここはどこですか」
 気がつくと、見知らぬ和室にいた。正しくいうと、見知らぬ和室の布団の中でぬくぬく寝ていた。質素ながら清潔な印象の六畳一間だ。床の間があって、季節はずれの水仙が形良く活けられている。雨戸の隙間から差しこむ光が、今はもう昼だと教えてくれる。
 布団の中で半身を起こして戸惑っていると、閉められたふすまの向こうから階段を上るような足音が聞こえてきた。知らず身構えてしまったが、足音の主はふすまの前で止まった。ふすまは開かない。じりじりする時間がしばし流れ、決心したように「……すみません……起きてますかー?」弱弱しい声が落ちてきた。村山さんである。
「あ、はい! すみません、起きてます!」
 枕元に置かれていたハンドバックから鏡を取り出す。心持目が充血しているものの、幸い二目と見られない程酷くもなかった。慌てて身繕いをすませる。着衣のまま布団に入っていたせいか、服の皺が哀しいことになっていたが、これは仕方ない。
「開けてもいいですか」
「あの、どうぞ」
 すっ、とふすまが開き、村山さんが入ってきた。片手にお盆を持っていて、急須と湯のみが乗っている。
「大丈夫ですか?」
「え、何がですか?」
「宿酔いとかしてないかなと」
「大丈夫です」
 塀の主のおかげか、アルコールは悪残りしていないようだ。頭もそんなに痛くないし、少々胸焼けがして、だるさを感じる程度か。
「そうですか」
「あの、その、何ていうか……ええと……お恥ずかしい」
 心底。
 しかし村山さんは頓着した風もなく、
「気にしないでください。たまたま見つけられてよかったです。あのままだったら……あの、朝方は冷えますし……その、危ないですから……何かと」
「あ、はい。すみません。今後はこういうことがないように気をつけますので。というか、こんなこと初めてで。今までなかったんですよ本当に。どうしてこんなことになってしまったか……は……心当たりも随分ありますが、……もうしませんので……」
「飲まされちゃいましたか?」
 村山さんには珍しく、おどけた感じの問いかけだ。
「……飲まされちゃいました」
 村山さんが淹れてくれた熱いお茶を啜る。気負いがどんどん抜けて行く。
「せっかくですから、朝御飯一緒にどうですか?」
「……いただきます」
 これ以上迷惑をかけるのも、と思いはしたが、胃袋は正直だった。昨日食べた分をほとんどリバースしてしまったせいか、かなりな空腹である。あれほど飲まされたというのに、元気なものだ。幸いなことに村山さんは気を悪くした風もなく、
「丁度これからなんですよ。いつも、店を開ける前に軽くすませておくんです。昼間は暇ですから、ホントはいつだっていいんですけどね。一応」
「そういえば、今何時ですか?」
「えと、確か九時半を回ったところです。……あ、会社! 行かなくていいんですか? しまった……もっと早くに起こせば良かった」
「あ、いいんです、いいんです。今日はお休みなので」
 だからこそ昨夜あれほどの暴挙を受けたわけで。
「何も予定とかありませんから。気分もすっかり良くなったし、寝かせてもらえて助かりました」
 村山さんはほっとしたように笑った。
「そうですか、ならよかったです」
 にこやかな村山さんに助けられながら階段を下りると、そこは乾物屋だった。
「あ、ここ、お店だったんですね」
「はい。店を閉めようとしたら、道の先に佐藤さんらしき人が座りこんでるじゃないですか。びっくりしました」
「面目ないです……」
 穴があったら入りたい。
「じゃあ、わたしが寝かせてもらったのって、店長の部屋ですか?」
「いえ。店長は別宅から通いなので……あまってる部屋なんです。客室というか、そんな感じの」
「なるほど」
 炊き立てのごはんを渡される。白い湯気が上がって、すばらしい。
 おかずは干物と豆腐の味噌汁とたくあんだ。とにかくすばらしい。
「質素で悪いんですけど……」
「いえ! わたしこういうのがいいです」
 ありがたい気持ちを噛み締めながら、とりあえず味噌汁に口をつける。
「……あの、村山さん……」
「どうかしましたか?」
 平然と味噌汁を啜っている。
「このお味噌汁、出汁が入ってないような気が……」
「だし……っ、て?」
「なんでもないです。あったかいです」
 文句など言えた義理ではない。わたしは味噌を満喫することにした。が、問題はさらにあった。干物が焼けていない。……干物とは、生で食べるものであったろうか……でも、保存食だし。しかし、やはり焼くべきでは……? わたしは疑問で胸をいっぱいにしながら、それらを淡々と平らげた。たくあんの美味しさが際立つおかずだった。
 普段の村山さんの食生活に思いを馳せると、涙が滲むのを止められない。
「ごちそうさまでした」
「わたし洗い物やりますね」
「あ、そんなこといいんですよ」
「いえいえ、お世話かけてばっかりですし、やらせてください。村山さんは、お茶でも飲んでてくださいね」
 食器を持って、そっけない台所スペースへ移動する。ざっと見たところ、調理器具の類は一通り揃っているようだ。店長の配慮を村山さんが活用しきれていない、というところだろう。
 洗い終わった食器を拭いていると、店へと続くガラス戸が引き開けられる音がした。
「おやまあ!」
 振り返ると、通常の目線のはるか下に人影が見えた。
「おはようございます。お邪魔してます」
「おやまあ!」
 店長は村山さんの方を向いてにったりと笑う。爽やかな朝が蹂躙されている。村山さんはなぜか正座をして硬直していた。
「隅に置けないねえ……なんだい、ムラも結構手が早いじゃないか。心配することなかったねえ」
「……店長~」
 恨みがましい声を聞きながら最後の一枚を拭き終わったわたしは、ちゃぶ台へと戻って、
「違うんですよ、店長、実は昨日、ご迷惑をかけまして……」
 かくかくしかじか説明を終えると、店長はため息を吐いた。
「そんなことだとは思ってたけどねえ」
 この甲斐性なし、と村山さんを詰る。どうも店長はあからさまに下世話なところがあるなあ。
「甲斐性はあると思うんですけど」
「そうかい?」
「だってあの、白いウサギの耳をした」
「ああ、中村かい。あれはダメだよ」
「ダメ?」
「素質がない」
「素質?」
「店長!」
「あんたなら、この店にぴったりなんだけどねえ……どうだい? ここで働いてみないかい?」
「店長、そんないきなり……」
「あんたは黙ってな。こっちにも都合ってものがある。新店舗も軌道に乗ってるっていうのに、あんたはいつまでたっても煮え切らないし。人手が足りないんだよ、人手が」
「だからって佐藤さんを巻き込むようなまねは……」
「黙ってな」
 どうやら企業体制と従業員確保についての問題において、わたしという存在がひとつのファクターになっているらしい。しかしこのご時世に店舗拡張、人手不足とは、乾物屋さんって以外と売り手市場なのか。
「で、どうだい?」
 店長のスカウトを受けたとあっては。
「……そうですねー。条件によります」
「言うねぇ」
 二人で含み笑いをする。越後屋と悪代官の様相にも似ている。そんな中、村山さんだけが慌てていた。
「だ、ダメですよ、佐藤さん!」
「え、どうしてですか?」
「こんなひなびた職場、人生を棒に振るようなものですよ! 佐藤さんにはもっとこう、華やかなステージが」
「どんなステージだ」
 思わずつっこみを入れてしまうわたしを尻目に、店長が激怒した。
「ムーラーヤーマー、この店のどこが不満だい! 華やかでなくて悪かったね! この恩知らず! スットコドッコイ! 嫌ならさっさと出ておいき!」
「そ、そんなつもりでは……わー店長すみませんごめんなさいこの店で働けることは最大の喜びです!」
 わたしは食後のお茶を飲みのみ、店長にもみくちゃにされる村山さんを微笑ましく眺めたのだった。


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