小夜嵐

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鰐と乾物屋 12 

 飲みすぎると気持ち悪くなるが、飲まされすぎるとその不快さは二倍三倍になって襲いかかってくるような気がする。
 要するに、かなりなグロッキーだった。
 木野崎さんが出てきた後、当然のように居酒屋へ連行され、もちろんわたしだけワリカンだった。最近の居酒屋は女性向に可愛く清楚な雰囲気を醸し出したりしている、と話には聞いていたが、実際行ってみるとやはりその通りだった。しかしその、行き届いたサービスや完璧に配慮された雰囲気にわたしの三半規管は悲鳴を上げ、流し込まれた酒に拒否反応を催し、自律神経までおかしくなってきた。理不尽な社会を体感する授業だと思いこむには、対価が高すぎる。
 わたしはこの社会に向いてない人間なのです。
 独り夜道を歩きながら、よろよろと人様の家の板塀に額をつけた。足が動かない。頬を嬲っているはずの夜風も、今のわたしには何ら心地よいものをもたらさなかった。
 腹の底からこみ上げてくる叫びを押し殺す。夜道で咆哮をあげるなんて、獣ではないのだから人として不適格なことをするわけにはいかない。
 代わりにというわけではないが、ずっとこらえてきた吐き気が限界を突破した。
 しゃがみこみ、胃の中のものを全てぶちまける。
 ハンカチで口を拭いながら、おさだまりの後悔に身を任せる。
 もったいのないことをしてしまった。それ以上にこの板塀の持ち主に申し訳ない。吐瀉物が早く流れてくれるよう、わたしはひたすらに雨を願う。ふたつの目から零れ落ちる涙では、何の役にも立たない。
 座りこんだまま、しばらく眠ってしまったらしかった。
 肩を揺さぶられてうっすらと意識が戻ってくる。懐かしい声が耳を掠める。
「あの、佐藤さんですよね。起きてますか? 起きてください……」
「うー……生きててすみません……」
「いえ、あの、酔ってますね?」
「……それ以外の何者に見えますか……」
「……見えませんけど……。まあ、起きてくれてよかったです。歩けますか?」
 力強い腕が肩を支えてくれるので、わたしはその力を借りて辛うじて立ちあがった。しばらくの間無意識に酷使していた両膝と足首が、伸びることのできる喜びと苦痛に震えている。
 しびれがとれるまで肩につかまらせてもらう。
「すみません」
 と、のろのろ顔を上げてみたら、そこにはワニのフルフェイス。
「村山さんだ」
「誰だと思ったんですか」
「そういえば、村山さんじゃないかとは思ったんですが」
「はあ」
「村山さんですねえ」
「……はあ」
 夜道の街灯に照らされて、いつもより陰が濃くなった村山さんはちょっとしたホラーだったが、なぜかとても安らいだ気持ちになった。だから、つい甘えてしまったのだ。
「……あの」
 いきなり抱きつかれた村山さんが慌てたような声を出した。拒絶を感じ取れなかったわたしは、構わずぎゅうぎゅうと抱きしめてしまう。
「あの、あの、あの」
 細身に見えて、意外にごつい、男の人の体を精一杯巻き締めた。
 なんて厭わしい酔っ払い。
 そこから記憶がない。


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