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<title>小夜嵐</title>
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<description>小説・ショートショートなど</description>
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<title>つきぬけて</title>
<description> 　柔道を習ってみたい、と思っていた。　オリンピックに影響を受けたわけではない。確かに日本人選手が大会三連覇を成し遂げるかどうかの瀬戸際で、なんとなく心がうきうきしていたことはあるが、断じてそんなミーハーな気持ちからではない。だからといって、純粋に柔道を極めたいとか、スポーツとしての柔道を楽しみたいということでもない。　護身用として必要を感じたからだった。　ここのところ、身辺で妙なことが起きている。
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<![CDATA[ <br />　柔道を習ってみたい、と思っていた。<br />　オリンピックに影響を受けたわけではない。確かに日本人選手が大会三連覇を成し遂げるかどうかの瀬戸際で、なんとなく心がうきうきしていたことはあるが、断じてそんなミーハーな気持ちからではない。だからといって、純粋に柔道を極めたいとか、スポーツとしての柔道を楽しみたいということでもない。<br />　護身用として必要を感じたからだった。<br />　ここのところ、身辺で妙なことが起きている。<br />　それらは一見微々たることである。色が崩れないよう注意して使っていた三色歯磨き粉の中身がいつのまにか混ぜ合わされていたり、止めたはずのない目覚し時計が止まっていたりはたまた仕掛けたはずのない時間にアラームが鳴ったり。スリッパが裏返されていたり、調味料の蓋が開けっぱなしになっていたこともあった。<br />　はじめは勘違いだと思った。何かの気のせいだと思った。しかし、思い返せば何をどう気のせいにすれば起こった事実を勘違いにできるのか不思議なことではある。<br />　これらはわたしのミスではない。特に塩の蓋については百パーセントない。わたしは人一倍塩の蓋の開け閉めには気を使っているのだ。だって開けっ放しにしておくとすぐに岩塩化してしまうじゃないか。そんな塩を使うのは嫌じゃないか。<br />　仮にわたしのミスだとして、それが二回、三回ならば勘違いのせいにもできよう。だがこうも度重なるとわたし以外の何者かの意思を感じざるを得ない。<br />　誰かがわたしに挑戦している。<br />　今日の目覚めも訳のわからないものだった。目覚し時計の針は早朝五時四十五分を指している。昨夜わたしはわざわざ電話で時報を確かめたうえ、七時にセットした。間違いはない。<br />　何故毎朝五時四十五分に起きねばならないのか。嫌味に微妙な時間なので、二度寝するにはためらいがあり、起きてしまえば、まだ眠い。<br />　セットしなおして二度寝したこともあったが、やはりアラームは七時に鳴らず、八時に鳴った。以来二度寝する勇気はない。<br />　一体こんなまねをするのはどこのどいつだ。<br />　嫌がらせを受け初めてもう数ヶ月がたつ。常日頃穏健派と名高いわたしの神経にも限界というものがある。やはり、ストーカーの仕業だろうか。<br />　ストーカー。流行を乗り越えて一般的な犯罪行為として定着してしまった感がある。わたしは決してそんな被害にあう柄ではないが、悪くいえばみみっちい、もっと悪くいえば陰湿ないたずらの数々に「ストーカー」という犯罪を考えざるを得ない。<br />　人に恨みを買うような覚えはない。誰かに手ひどく冷たくしたことも、異常に好意を持ったり持たれたり、ましてや振ったりなんてしたこともない。思えば穏やかな、実に平坦な人生である。が、このご時世、どこでどう因縁をつけられているかはわかったものではない。<br />　対策を打たねばなるまい。<br />　まず、部屋の鍵を変えた。加えて、ピッキングに対応したものとしては最高の品質を持つ、Ａ社の鍵を、本来の鍵とは別に二つ設置した。いたずらの質から見て明らかなことだが、賊はやすやすとわたしの生活空間に侵入している。なんらかの手段で部屋に出入り自由なことは明白だ。<br />　鍵を付け替え、合鍵を作らないことで部屋への侵入は食い止められる。<br />　わたしは久しぶりに安心して布団に潜った。<br />　翌朝五時四十五分。アラームが鳴る。<br />　何故だ。<br />　冷えるような驚きに飛び起きて、玄関の鍵を確認する。ちゃんとかかっている。キーもちゃんと揃っている。一体何がどうなっているのだ。<br />　悄然と部屋に戻ると、今昇ったばかりの太陽の光がカーテンの隙間から零れていた。窓……そうか、侵入経路はドアだけとは限らない。カーテンを引くと、澄んだ空気を直進してくる黄色い光線が眼の奥に痛い。窓の鍵はかかっているし、ガラスにも異常はない。<br />　一般には知られていないトリックだかテクニックだかがあるのだろう。とりあえずホームセンターでサッシを固定するタイプの鍵を買い、とりつけてはみたが、安心できない。<br />　わたしの部屋はマンションの最上階だ。屋上は立ち入り禁止になっているはずだが、その気になれば上階から伝い降りてくることは可能だろう。<br />　そこまでしてわたしの目覚ましを狂わせて何の特があるのかは全くわからないが、嫌がらせの類というものは概してそういうものだ。だからといって、彼または彼女を理解したいわけではない。ひとつひとつは些細なこととはいえ、こうもしつこく念入りに度重なると追いつめられた気分だ。<br />　そんな気分になりたいわけもないので、解決案を考えてはいるのだが、敵を知り己を知れば百戦危うからず。賊のトリックを知らねばそれを防ぐアイデアなど出るわけがない。<br />　よって、鍵を強化してから数日。トイレの電気をつけっぱなしにされたり、塩を岩塩にされたり、洗面所の蛇口を微妙に弛められたりしながらうんうん唸っている。<br />　この状況で警察に届け出てみたところで、失笑されるのは目に見えている。友人に相談してみたら、　「ちょっと神経質なんじゃないの」と言われてしまった。そうか、わたしは神経質なのか、なんて自分を省みることなどしないぞ。友人はわたしではない。わたしの身に起こっている事実は変えられない。<br />　考える人のポーズを取りながら、防犯について思いを巡らしていると、階下から物音が聞こえてきた。このマンションは床や壁が薄く、まるで他の住人と同じ部屋にいるかのような錯覚を起こすことさえある。<br />　以前、何気なくダンスのステップなど踏んでみたところ、床から突き上げるような音がしたことがある。おそらく、何か長いもので天井を叩いたらしい、下の住人の抗議のしるしだろう。<br />　以来音を立てないよう、慎ましく心がけているのだが、抗議をくれた階下の住人は自らの生活音には憚るところがないらしい。ドアの開け閉め、テレビ、ステレオ、笑い声、等々、生活パターンを推測できるほどに音を漏らしてくれている。くれている、といってもこれは皮肉であって、階下の住人が三十前後の男性で、自炊はほとんどしなくて、毎日の晩酌が唯一の楽しみで、硬派を気取っているが実は十代前半の某アイドルのコアなファンで、おそらく彼女がいないことなど、知りたくて知ったわけではない。<br />　哀れと迷惑を感じながら、音を絞ってテレビをつける。本日は柔道の最終戦で、金メダルを争う二人の選手がしっちゃかめっちゃかと引き合っている。観戦することしばし。日常のすべてのわずらわしいことを忘れた。ストーカーなんて小さなことだ。おっさんの歌うアイドルソングなんてどうでもいい。手に汗握る興奮と緊張感の中、際どい接線が続き、ついに勝負は劇的に幕を下ろした。まさかの大外狩りだ。あれ、背負い投げだったっけ？　どちらにしても大技には違いない。技を知らなくても、決せられた勝敗の達成感、力を尽くした選手の放つ爽快感に代わりはない。<br />　やはり柔道を習おう。いざというときに対抗できる技が身についていれば、それだけで力強いものだ。<br />　肩に羽が生えたようだ。気分が晴々としている。<br />　明日も多分五時四十五分起きだ。早めに寝ておくとしよう。<br />　わたしは一色になった三色歯磨き粉をとっくに乾いているはずなのに何故か濡れそぼった歯ブラシに出しながら、ふと鏡を見た。何か黒いものが見えたのだが、気のせいだろうか。<br />　鏡を見ないように凝視する。眼の端にやはり黒いものがかかる。その黒いものは円錐型で、錐の部分が頼りない感じに下を向いている。サラサラと揺れて、黒いものを掻き分けるように横になった目鼻が見えた。<br />　それは、丁度鏡を横から除きこんでいる人間の頭部のようだった。<br />　出たな。<br />　わたしはストーカーの正体を直感した。トリックもテクニックもない。そういえば季節はもう夏。相手はＹのつく日本の風物詩だったのだ。実体がないものに鍵が、ドアが、物理的な手段が通じるわけがない。こまごまとしたいたずらが続いたのも、それしかできなかったのだと思えば説明がつくような気がする。<br />　整った顔立ちだが、横を向いた目の回りは落ち窪み唇は不自然に色がない。光のない黒目がこちらを見て、視線が絡んだ。馬鹿馬鹿しい。<br />　わたしは鼻で笑うと歯磨きを続けた。今まで微妙ないたずらに怯えを覚えていたのは、それがいたずらではすまない犯罪に膨らんでしまう危険を感じたからだ。Ｙのつく風物詩など、今までされたことから考えても恐れるに足りない。<br />　歯磨き粉が一色になったからってなんだ。塩が湿気で固くなるくらい割り箸で砕けばいいさ。<br />　Ｙのつく生き物……じゃない、死に物はせっかく姿を見せたのに無視されたことに焦った様子で、鏡の周りをぐるぐるしていたが、空気だと思うことにしたわたしの敵ではない。そう、こんなものは空気だ。今も階下から漏れ聞こえてくるアイドルソングと同じだ。ないことにしてしまえばいいのだ。<br />　精神を集中、あるいは拡散したとき、流れるバックグラウンドミュージックはその存在を拒絶される、すなわち無として扱われる。<br />　消し忘れたテレビのリモコンを取りに戻るわたしの後ろを、戸惑った気配が後追いしてきたが、そんなものは知らない。わたしは強靭な精神力でもって平穏な日常に戻ることを選択する。<br />　テレビでは丁度何かのコーチがスピーチをしていた。<br />「気合です！　勝利は気合によって導かれます！」<br />　そうか。気合か。いい得て妙だ。<br />　スピーチを聞くために立ち止まったわたしの肩に、ひんやりとした気配が昇ってきた。それほど無視されるのが嫌なのか。だったら最初からきちんと気づかれるように挨拶して玄関から入ってくればよいものを。さすがのわたしもイラっとするものを押さえ切れなかった。<br />　階下からは相変わらず浮ついた野太い男の声がキュンキュンとアイドルソングを歌っている。<br />　肩には馴れ馴れしい冷たい指が絡んでいる。<br />　わたしの精神は、強靭である。だが、ものごとには限度というものがある。<br />「気合です！　気合なのです！」<br />　わたしはすっと腰を落とすと、肩にかけられた手を思いきり引きつけ、冷たいものを背に負い、ぶん投げた。<br />　黒ずんだ顔が驚きの表情を張り付けたまま床に吸いこまれていき――。<br />　階下から野太い悲鳴が聞こえた。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>掌編</dc:subject>
<dc:date>2009-06-02T17:57:09+09:00</dc:date>
<dc:creator>ちな</dc:creator>
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<title>十年一昔</title>
<description> 「町田くんは十年前のことを覚えていますか」　先生に聞かれて戸惑った。覚えていない。「十年一昔、といいますね」「そう。一昔前のことです」「何かがありましたか」「それは、あるでしょう。十年前にも、九年前にも、八年前にも、何かしらあるものです」　町田くんは頷きながらも困惑していた。十年前のことも、九年前のことも、八年前のことも、七年前のことも、何一つ覚えていない。昨日の記憶すら怪しいものだった。「先生は
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<![CDATA[ <br />「町田くんは十年前のことを覚えていますか」<br />　先生に聞かれて戸惑った。覚えていない。<br />「十年一昔、といいますね」<br />「そう。一昔前のことです」<br />「何かがありましたか」<br />「それは、あるでしょう。十年前にも、九年前にも、八年前にも、何かしらあるものです」<br />　町田くんは頷きながらも困惑していた。十年前のことも、九年前のことも、八年前のことも、七年前のことも、何一つ覚えていない。昨日の記憶すら怪しいものだった。<br />「先生は、覚えているんですか？」<br />　白い背中に向けて問いかけた。<br />「わたしですか？　さあ、よく覚えてはいませんねえ」<br />　先生はコーヒーを淹れるために薬缶でお湯を沸かしていた。銀の鋭角的な薬缶から、蒸気がシュンシュン噴き出している。<br />　町田くんは椅子の上で身じろぎした。<br />　白いカーテン。丸い椅子。古い木の壁。本棚。コンロ。人体模型。清潔で埃っぽい空気。<br />　この部屋は保健室に似ている。と思いかけて、町田くんはふと、自分の知っている保健室に果たして人体模型が存在しただろうかと訝った。どうも、なかったような気がする。あったような気もする。<br />　先生はマグカップにコーヒーとお湯を注ぐと、かすかな違和感に苦しんでいる町田くんの前に出してくれた。<br />「町田くんは、砂糖とクリームは入れますか？」<br />「あ、はい。ください」<br />　先生は人体模型から肝臓と膵臓を取り出すと町田くんの前に置いた。<br />「……」<br />　ブラックでコーヒーを飲みながら、先生は静止している町田くんをまじまじと見つめた。<br />「どうかしましたか？」<br />「はあ。あの、これは何ですか？」<br />　肉色のころんとした物体を指さす。先生は不思議そうに、<br />「これ？　これは、砂糖とクリームですよ」<br />　肝臓を二つに割り、中から砂糖を。膵臓の上部をぱかりと外し、中からクリームを出して見せた。<br />「……変わった砂糖入れですね」<br />「いやだなあ、町田くん。百年前からこうじゃないですか」<br />　先生はにこりともむっつりともせずに自分のコーヒーを飲んでいる。<br />「ひゃくねん前ですか」<br />「そうですよ」<br />「そうですか」<br />　何となく釈然としないが、その何となくが掴めないので二の句が告げない。町田くんは膵臓をつまんでコーヒーカップの上で傾けた。白い液体がとろりと流れる。<br />「先生はおいくつですか」<br />　ふと気になって訊ねてみる。<br />「三つお願いします」<br />「は」<br />　一瞬空白を抱え込んだのち、それが砂糖のことだと気づく。二つに割られた肝臓から角砂糖を取り出して先生のコーヒーに入れる。三回繰り返してから、町田くんは言った。<br />「いえ、砂糖じゃなくて、年齢のことなんですが」<br />　先生はカップからコーヒーを啜りつつ、きょとんと目を見開いた。<br />「いやだなあ、年なんて訊いて」<br />「はあ、すみません」<br />　ぽりぽりと頭を掻いてみる。別に痒いわけではない。<br />「いくつに見えます？」<br />　気のなさそうに先生が聞いた。<br />「え、はあ、……二十六歳くらいですか？」<br />　こころもち少なくサバを読んでみた。先生はさして嬉しそうな顔もせず、「じゃ、それで」とコーヒーを啜った。<br />「はあ」<br />「町田くんはいくつになりましたか？」<br />　まったくわからなかった。<br />「……いくつに見えますか」<br />　先生は、にっこりと笑うと、「まだまだ若く見えますよ」とはぐらかした。<br />　町田くんは自分が何歳であったか考えた。わからない。どんな数字も思い浮かばなかった。<br />「……先生は、コーヒーはブラック派ですか、砂糖派ですか、クリーム派ですか」<br />　妙な質問が口からこぼれる。<br />「ブラック派です」<br />「さっき、砂糖入れましたね。三個も」<br />「糖分が欲しくなったもので」<br />「そうですか……」<br />　そうですか。<br />「町田くん」<br />「はい」<br />「いいんですよ。忘れたままで」<br />　鋭角的な薬缶の口から、蒸気が噴き出していた。<br /><br /><br /><br /><a href="http://km00.blog35.fc2.com/blog-entry-12.html" target="_blank" title="戻る←">戻る←</a><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>掌編連載</dc:subject>
<dc:date>2008-11-17T23:19:13+09:00</dc:date>
<dc:creator>ちな</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>壁に漱石</title>
<description> 　遠藤房子は少々神経質なところがあった。　中背で細身の彼女は、胸がないことを気にしているらしい。「腹の肉はごまかせないけど、胸の肉はごまかせるからいいじゃない」と言ったら「デリカシーがない」と怒られてしまったことがある。細かいことに拘らないわたしみたいなのとは合わないタイプの女性であるのだが……。　同僚のわたしは、年が近いせいと、職場に女が少ないということから、彼女に友達として認識されてしまったよう
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<![CDATA[ 　遠藤房子は少々神経質なところがあった。<br />　中背で細身の彼女は、胸がないことを気にしているらしい。「腹の肉はごまかせないけど、胸の肉はごまかせるからいいじゃない」と言ったら「デリカシーがない」と怒られてしまったことがある。細かいことに拘らないわたしみたいなのとは合わないタイプの女性であるのだが……。<br />　同僚のわたしは、年が近いせいと、職場に女が少ないということから、彼女に友達として認識されてしまったようである。迷惑なことだ。<br />　しかし、職場の人間関係を重視するわたしとしては、彼女を無下に扱うわけにもいかない。そんなわけで昼休みや仕事帰りに彼女のおしゃべりに付き合わされるはめになった。<br />　たわいのないおしゃべりにふがふがと相槌を打つくらいならばかまわない。が、最近なにやら深刻な相談事まで持ちかけられるようになってしまった。<br />「私、ストーカーに狙われてるみたいなの」<br />「……それはそれは」<br />「まじめに聞いてる？」<br />　また怒られた。<br />　仕方がないので、何を根拠にストーカーされていると思うのか、を丁寧に訊ねる。<br />「めちゃめちゃ見られてる気がする」<br />「はあ」<br />　よほどやる気のない発音だったのだろう、睨まれた。<br />　ならば聴く気を起こさせる話方をしてほしいと思いつつ、「どんな風に？」と重ねて訊くと、<br />「部屋にいるとさあ、背中にすっごい視線感じるの。絶対盗聴器とかあると思ってさあ、なんか、あれ、調べるやつ！　友達に借りて調べたんだけど、何も出てこなくて」<br />　それはストーカーされてないということなんじゃないかな。<br />「でも視線は感じるんだもん」<br />「警察に相談したら」<br />「そんなの無理。動いてくれるわけないじゃない」<br />　それはそうだ。狙われてる気がするくらいで、盗聴器もカメラも仕掛けられてないのに相手にもされないだろう。<br />「まあねえ。じゃあ、防犯装置とかつけたら」<br />「そんなお金ないもん」<br />　ぶすっと口を尖らせる。<br />　まあ、いつもの通り気にしすぎなだけだろう、一通り話しつくしてしまえば、精神衛生上のガス抜きは完了である。わたしもここから解放され、快適なでろりとした日常に戻れるのだ。そうしたらとっとと帰ってねっころがってゲームでもやろう。<br />　そんなことを考えていたら、思わぬことを提案されてしまった。<br />「ね、うちに来てさあ、ちょっと見てみてくれない？」<br />「何を」<br />「だって心配なんだもん」<br />　会話がかみ合っていない。<br />　わたしなどに何を見ろというのか。見てどうしろというのか。よくわからないままに「いいから、いいから」と彼女のマンションまで連れて行かれる。<br />　どうしてこんなことに。<br />　わたしはドアの前で途方にくれた。古めの建物だが、質は悪くない。<br />「あがってー」<br />　部屋の中から彼女が呼びかけてくるので、しぶしぶ入る。<br />「いい部屋だね」<br />「でしょ？　なんか、家賃が破格に安くってさ、お買い得だったの」<br />「そうですか」<br />　家賃を聞いてみると、確かに安い。安すぎる。<br />　これはストーカーを疑うよりも成仏できないタイプの人を疑ったほうがいいんじゃないかな、とチラと思うものの、口には出さないでおく。わたしは波風を立てるのは嫌いだ。<br />「お茶入れるねー」<br />　冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出しながら彼女が言う。<br />　この場合お茶を淹れる、というよりは投入する方の入れるだから言葉使いとしては入れるでいいのかな、などとどうでもいいことを考えつつ、部屋を観察させてもらった。<br />　ソファとテレビとローテーブルと観葉植物。ベッドルームは向こうの部屋なのだろう。２ＬＤＫとしては悪くない。<br />　背中に視線を感じる、と言っていたから、ソファの後ろ辺りを怪しんでいると、彼女がお茶のグラスを運んできてくれた。<br />「そのあたり。何か怪しいよね？」<br />　……わたしは怪しさを感じて怪しんでいたのではないのだけど、という反論はしなかった。面倒くさかったのだ。<br />「ね、何かおかしい？　どこがおかしい？」<br />「そんなこといわれても」<br />「お、お化けとかいない？」<br />　あ、やっぱり成仏できない人も疑ってたんだ。<br />「さあ……ていうか、何でわたしにそんなこと訊くの」<br />「だって……」<br />「だって？」<br />「除霊とかできそうだし」<br />　できねえよ。<br />　彼女の中でわたしはどんなイメージに成長しているのか、本気で心配になってきた。<br />　無言で遠い目をするわたしに、彼女が子犬のような目ですがってきた。<br />「ね、どうしたらいい？　やっぱり何かいるの？」<br />　不安そうな彼女に、「知るかボケ」とは言えなかった。<br />「……盛り塩とかしたらいいよ」<br />　力ないわたしの声に励まされ、彼女の顔が輝いた。<br />「塩？　それなに？　塩がいるの？　ちょっと待って！」<br />　キッチンに駆け込む。「あっ！　塩がない！」という叫びが聞こえてくる。<br />「ちょっと塩買ってくる！　ちょっと待ってて！」<br />　そのままドアに飛びつき、外に消えていくの彼女をわたしは呆と眺めていた。<br />　適当に盛り塩をつくって、すみやかに帰ろう。そう心に決めて、お茶でも飲もうとソファに座ろうとしたときだった。視界の隅に違和感。<br />「ん？」<br />　よく見ると、壁紙の一部がめくれていた。手抜き工事というか、手抜きリフォームのせいで家賃が安いのだろうか。しかし、よくよく見るとソファ側の壁紙だけ、他の面と少し違うような気がする。<br />　なんだか気になって、少し剥がしてみた。思ったよりも簡単に剥がれる。ぺろりとした手ごたえだ。のりを使わないで貼って剥がせるタイプの壁紙らしい。<br />　どうしてこの面だけ、という疑問はすぐに晴れた。<br />　壁紙の裏が、夏目漱石でびっしりと埋め尽くされていたからだ。<br />　なるほど、彼女を悩ませていた視線は、この漱石が犯人だったのか。わたしは納得した。こんなに大量の漱石に見つめられては、神経質になるのも無理はないかもしれない。<br />　ひとつの謎が解決し、新たな疑問が生まれる。<br />　わたしはこれを追及しようか迷った。即ち、なぜ漱石か、という問いだ。諭吉ならまだ納得できる。しかし漱石では、面積辺りの金額があまりにも低い。こうまでして隠す意味が良くわからない。<br />　しばし迷った後、わたしは壁紙を元に戻した。<br />　わたしは波風を立てないタイプの人間なのだ。<br />　のんびりお茶を飲んでいると、彼女が塩を抱えて帰ってきた。<br />　わたしは部屋の四隅に盛り塩をして、「もう心配ないよ」と未だかつてないほど爽やかな笑顔を贈ってあげたのだった。<br /><br />　世はすべからく、こともなし。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>掌編</dc:subject>
<dc:date>2008-05-29T23:45:28+09:00</dc:date>
<dc:creator>ちな</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>アンドロイドとみかん箱の関係について　６</title>
<description> 　二十分後、学校に辿りついた和也は疲れきっていた。　アイリーンには悪いが、学校にメイド服美少女をつれてきたとなっては、和也は友人知人知らない人ひっくるめて変態扱いされてしまう。ああいう格好は特殊な環境または喫茶店でしか通用しないものなのだ。それ以外の環境において、少なくとも今の日本では異質なものである。「だから俺は悪くない。自分の身を守って何が悪い。つうかあれは機械だ。傷ついたように見えたのは目の
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<![CDATA[ <br /><br />　二十分後、学校に辿りついた和也は疲れきっていた。<br />　アイリーンには悪いが、学校にメイド服美少女をつれてきたとなっては、和也は友人知人知らない人ひっくるめて変態扱いされてしまう。ああいう格好は特殊な環境または喫茶店でしか通用しないものなのだ。それ以外の環境において、少なくとも今の日本では異質なものである。<br />「だから俺は悪くない。自分の身を守って何が悪い。つうかあれは機械だ。傷ついたように見えたのは目の錯覚だ。間違ったものの見方だ」<br />　和也は迫りくる罪悪感を何とかやり過ごそうと必死である。<br />「何ぶつぶつ喋ってんだ？　キモいぞお前」<br />「う」<br />　机に頭をごりごり押し付けて猛烈に反省する。<br />　確かに「キモッ！」は言い過ぎた。自分を突き刺す言葉の暴力に和也は罪の意識を深くした。同時にそれと向き合うだけの良心も湧いてくる。帰ったらとっとと謝って楽になろう。機械だろうが何だろうが、受け答えができるんだからきちんとした対応をするべきだ。和也はそう決意してひとり頷いた。<br />「どうしたんだ？　カズ、具合でも悪いのか？」<br />「和也が遅刻するなんて珍しいよねー」<br />　うんうんと考え込む和也の机の前に二つ似たような顔が並ぶ。<br />　同じクラスの河野勇太と、隣のクラスの河野由希子だ。二人は双子で、小学校からの和也の友人である。<br />「あー。ちょっと昨日から問題が持ち上がって」<br />　和也が困った顔で話すと、とたんに双子の顔が輝いた。右と左から楽しそうに喋りかけてくる。<br />「え？　何なに？　とうとうイベントコスプレに強制参加とか？」<br />「いや、おふくろさんにヌードモデルやらされたとかじゃねーか？」<br />「違げーよ。ふたり共うちの事情をべらべら喋るんじゃない。誰かに聞かれたらどうするんだ」<br />　小学校から一緒の二人は、和也の悩み多き人生の数少ない聞き手だ。<br />　小さなころから和也の両親の趣味については緘口令が敷かれていた。そのため「うちの親ってちょっと変なんじゃないかな」と勘づき始めた多感な時期にも、誰にも相談する相手がいなかった。彼らは、孤独に苛まれる和也とその秘密を支えてくれた、大事な友人たちである。<br />　たまにからかわれるのが玉に瑕だが、この二人ほど信頼できる相手はいない。だが、和也はアイリーンの話を出すことをためらった。<br />　どう話していいのかわからない。<br />「いやあ、実は昨日母さんがダンボールに入ったメイド服美少女を拾っちゃってさあ、しかも彼女ガイノイドなんだよね。知ってる？　女性型アンドロイドのことだよ。そんで母さんがそのアンドロイド、あ、アイリーンていうんだけど、彼女と俺をラブラブロマンスさせようとしてて気が気じゃなくってさあ」<br />　……なんて、とてもじゃないが、言えない。<br />　頭がおかしくなった、もしくは、とうとうこいつまで二次元の世界へ行ってしまった、妄想とコンプリートしてしまったんだね、と捉えられかねない。そんな危険を冒すことはできない。<br />　和也は口を噤むしかなかった。<br />　アイリーンが長く滞在するようなら、いずれ実物を見てもらったほうが話が早いだろう。できればそんな日は来ないほうがいいのだけれど。<br />　和也は窓の外の流れる雲を見て世の無常に思いをはせた。<br />　そんな和也を不思議そうに見ていた由希子だったが、時計を見て「やば、もう行かないと」と自分の教室へと帰っていってしまった。姉を見送りつつ、勇太は「な、宿題やってきた？」とねだるような目をして和也を見た。<br />「ああ、次は数学だったっけ」<br />　ノートには昨日アイリーンに教えてもらって解いた解法がきちんと並んでいた。苦笑して勇太に渡してやる。<br />「ほれ」<br />「サンキュー。恩に着ます」<br />「お前は何枚恩を着れば気が済むんだよ。もう着ぶくれてんじゃねえの」<br />　ひどーい、と可愛く抗議しながら答えを写す勇太を見て、和也はなんとなく笑った。<br />「ところでさあ」<br />　ノートを写しながら何気ない調子で勇太が窓の外を示す。<br />「校門の前に、変なのがいるんだよね」<br />　瞬間、和也は青ざめた。全身の血が足元から抜けていくような感覚に、気を失うことはすまいと必死で足を踏ん張る。<br />　まさかアレじゃないだろうな。あんなについてくるなと言ったのに、俺をどこまで追い詰めれば気が済むんだ。神様お願い、どうかアレじゃありませんように。<br />　和也は先ほどの反省をうっちゃり、心の中でアイリーンに罵詈雑言を並べ立てた。<br />「へ、変なのって」<br />　おそるおそる校門の辺りに視線を移す。脱力して机に突っ伏する。<br />「なんだあ、ただの男じゃん」<br />　ほっとしたことに、そこには男性と思われる人影しか見当たらなかった。こちらからは顔の造作までは見極められないが、男であることは間違いない。<br />「そうだけどさあ、着てるもんすごくね？　ありえないセンス」<br />　言われてよくよく観察してみると、男は全身白スーツで固めていた。シャツの色は、どうやら紫だ。髪は何色かわからないが、白っぽい光を放っている。<br />「さっきからずーっとあそこにいんの。カズ、すれ違わなかったか？」<br />「いや。俺、裏門から入ったし」<br />「今朝登校してくるときはいなかったから、授業始まってからかな……気が付いたらいたんだよね。なんだろ。通報したほうがいい？」<br />「いや、そこまでしなくても」<br />　白スーツで学校を眺めている人物がいたからといって、それだけで通報されては警察が気の毒だ、と和也は思った。<br />「えー、でも、そのスジの人間かも。この学校にサラ金に手ぇ出してるやつとかいるんじゃないかな。目立つカッコでプレッシャーかけてるのかもよ」<br />　和也は勇太を、正しくは勇太の背中を感心したように眺めた。<br />「すごい想像力だな」<br />「まーねー」<br />　勇太は得意気にガッツポーズをした。どうやらノートを写し終わった合図でもあったらしく、<br />「カズヤ大明神様、またよろしくお願いします」<br />　とうやうやしくノートを返してくれた。<br />　それに「たまには自分でおやりなさい」と神々しく返答していたら、ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴り、勇太は自分の席へ帰っていった。<br />　数学教師が教室に入ってきて、起立、礼をすませ、着席の途中で外を見ると、そこにはやはり白い男がポーズを決めて佇んでいたのだった。<br />　和也は頭を振りふり、授業に集中しようと教科書を開いた。<br /><br /><br /><br /><a href="http://km00.blog35.fc2.com/blog-entry-19.html" title="戻る←">戻る←</a>　　　（つづく） ]]>
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<title>アンドロイドとみかん箱の関係について　５</title>
<description> 　学校は家から自転車で三十分のところにある。　自転車に乗り込む和也の後に付き従うようにするアイリーンに、まさかついてくるつもりじゃないだろうな、と冗談半分に言うと、「はい、わたくしは和也様に付き従いとうございます」　と真面目な答えが返ってきたので和也はハンドルの間に頭をぶつけた。「大丈夫ですか？」　痛む額をさすりながら、アイリーンの心配は無視して命令する。「いいか。絶対についてくるな」　しかし彼女
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<![CDATA[ <br />　学校は家から自転車で三十分のところにある。<br />　自転車に乗り込む和也の後に付き従うようにするアイリーンに、まさかついてくるつもりじゃないだろうな、と冗談半分に言うと、<br />「はい、わたくしは和也様に付き従いとうございます」<br />　と真面目な答えが返ってきたので和也はハンドルの間に頭をぶつけた。<br />「大丈夫ですか？」<br />　痛む額をさすりながら、アイリーンの心配は無視して命令する。<br />「いいか。絶対についてくるな」<br />　しかし彼女は了承しなかった。<br />「わたくしは和也様のそばにいとうございます」<br />「いや、だからな、ついてくるな、て言ってるんだよ」<br />「わたくしは和也様のお役にたちたいのです」<br />「嫌がらせか？　嫌がらせなのか？　俺が何か気に障ることでもしたか？」<br />　何が何でもついてきそうな彼女に、和也は半ば泣きそうになった。こういう展開は予想していなかった。昨日の様子からすれば、家でごろごろしているだろうと軽く見ていたのだ。まさか学校についてきたがるなどとは、予想もしなかった。<br />　メイド服のアンドロイドにストーカーされるのは、未来から来たターミネーターに狙われるのとどちらが恐ろしいだろうか。和也にはわからなかった。この場合、身体的生命に危機はないが、社会的生命が危ない。<br />　腕時計を見ると、もう十時を回っている。<br />「あああ、もう行かないとやばい。いいか、ついてくるなよっ！」<br />　言い捨てるようにして、自転車をスタートさせた。登校時間を過ぎているせいか、いつもより人が少ない道を、いつも通りに漕ぐ。坂に差し掛かり、ペダルがぐんと重くなるのを体重をかけて押さえる。もうすぐ下り坂になるな、というとき、背後に気配を感じた。より正確にいうと、全力疾走する足音を聞いた。<br />「気のせい、気のせいだ。俺ったら昨日寝不足だから幻聴だ」<br />　実際は寝坊したおかげで睡眠時間に関してはいつもより多いくらいなのだが、和也はがんばって現実から逃避した。全力で自転車を漕ぐ。背後の足音からをも逃れるように、必死になって漕いだ。<br />　が、足音は止まない。それどころかくっきりはっきりと和也の耳に「どっどっどっど」という音を届けてくる。マラソン大会が近いアスリートの練習とかち合ったのではないかという甘い希望は途絶えた。アスリートは、こんな馬が駆けるような重量感溢れる駆け音は出さない。<br />　嫌な予感と共に振り向いて、それが的中したことに慄いた。<br />　自分のやや後ろを、メイド服を着た女が髪を振り乱しながら疾走している。<br />「あっ、うああああああ」<br />　叫び声というには低すぎる声は、アイリーンの存在よりも自転車のハンドル操作を誤ったことに対して発せられた。<br />　自転車を走行中、余所見をするのは大変に危険である。<br />　折りしも下り坂に差し掛かったころ。<br />　和也は自分の過ちを噛み締める表情のまま自転車と共に坂を転がり落ちたのだった。<br />「……いってぇ……」<br />「大丈夫ですか、和也様」<br />　アイリーンが和也の上から自転車をどけてくれた。<br />　和也は痛む体を起こす。彼と自転車と彼女は坂の半ばほどに蹲っていた。どうやら最後まで落ち切らずにはすんだらしい。<br />「お怪我はありませんか」<br />「平気だ。ちょっとぶつけたくらいで……」<br />　埃にまみれた制服のあちこちを払ってくれるアイリーンの甲斐甲斐しさに、和也は却って怒りを煽られた。<br />「お前何でついてくるんだ？　ついてくるな、て言ったよな、俺」<br />「申し訳ありません。でも、わたくしは、もっと和也様のことを知りたいのです」<br />「キモッ！」<br />　残酷な一声に、アイリーンはわずかに身を引いた。<br />　心なしか青ざめたように見える彼女に、和也の中に反射的な罪悪感が湧き上がる。<br />「……も、申し訳ありません。そこまで、お嫌だとは思いもよりませんでした。部屋に戻って、大人しくしております」<br />　蒼白な顔も哀れげに、悄然と立ち上がり、とぼとぼと家路を辿るアイリーンに、かける言葉を探して、何も思いつかない自分に、焦燥感も加わった。<br />「あ、アイリーン」<br />　思わず呼びかけたが、言葉に詰まって沈黙が訪れる。<br />　彼女は立ち止まったものの、振り返らない。<br />　和也は必死で考えた。この場合何と言ったらいいものか。大体、いきなり「お役にたちたい」「あなたを知りたい」と言われて戸惑わない男子高生がいるものか。一体どうしたらこの場が丸くおさまるだろうか。ぐるぐる回る頭の中で、アイリーンがとにかく何かをしたがっている、ということだけはわかるような気がした。<br />　アイリーンにできること。和也のためになること。<br />「悪いけど、俺が帰るまでに、掃除と洗濯、しといてくれるか。そしたら、俺、すごい助かる」<br />　やっとそれだけ言えた。<br />　アイリーンはゆっくりと振り返って、「はい」と小さく返事をした。<br /><br /><br /><a href="http://km00.blog35.fc2.com/blog-entry-18.html" title="戻る←">戻る←</a>　　　<a href="http://km00.blog35.fc2.com/blog-entry-20.html" title="→進む">→進む</a><br /><br /> ]]>
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